第1話 オセアニア南部戦略拠点 第7発着場にて ③
ぷつん、と通信が切れ、簡易コンソール内の通信アプリケーションに接続終了の旨を告げるマークが回転しながら表示されたのを見て、ユウは目をしばたかせた。
ひしゃげたアルテミスと、そのアルテミスを移動させるために持ってきた作業用パワードスーツを着込もうと四苦八苦しているコンラート、そして簡易コンソールの光学ホロモニタを順に見渡して、彼は首を傾げる。
「……え、で俺これどうすればいいんだろ」
「1時間で俺のアルテミスを直すとか?」
「それは無理です」
全く違う金具同士を無理やりにはめ込む音と共に笑顔で振り向いたコンラートの台詞を一蹴して、ユウはため息をつく。そしてホロキーボードを操作して簡易コンソールを終了させると、自分の分のパワードスーツを取り上げた。
「今はとにかく、こいつを移動させないと。戦闘になるってのに帰艦口塞がってちゃ話にならないですし」
そう言いながらユウは、テキパキとパワードスーツを身に着けていく。ちなみに、このパワードスーツはいわゆるSF的な全身ロボットになるようなものではなく、強化外骨格型のものだ。体の各所にモーターやバネを仕込んだモジュールを装着することで重機並みのパワーを発揮することが出来る優れもので、整備班必須のアイテムだったりする。
仕上げに小型バッテリーパック付の上半身用モジュールのバックルをぱちん、と止める。そんなユウを見て、コンラートは目を瞬かせた。
「お前、すげーな……」
「いや、これでも整備班の人間なんで」
的外れな賞賛に肩を竦めて、ユウはパワードスーツのスイッチを入れるとコンラートがはめ込んだ間違った金具同士を引っこ抜く。引っこ抜く際、右肘部のモータが小さな唸りを上げたのを聞いて、ユウは思わず顔をしかめた。
「よくはめましたね、これ」
「おう、鍛えてっからな!」
「いや、そこは胸を張るところじゃないです」
一つ一つの発言への自分の返答がツッコミ以外の何物でもないことに内心憔悴しながら、ユウがコンラートのパワードスーツの装着を手伝っていると、軍用ブーツの踵が金属の床を叩く音が近づいてきた。
「ユウ、いるか?」
「艦長?」
ひょいと連絡口から顔を出したのはシキシマだった。思わず振り向いた拍子にコンラートの足のパワードスーツを装着していた手が離れ、バランスを崩したコンラートが情けない悲鳴と共に後ろにひっくり返る。
「ああ……と、コンラート」
「艦長、そのオマケみたいな扱いは地味にへこむからやめて……」
その声を聞いて思い出したかのように自分の名を呼ぶシキシマに、コンラートがひっくり返ったまま涙目で訴えた。そんな様子のコンラートをよそに、ユウが尋ねる。
「どうかしたんですか、艦長」
「ああ。今回の作戦でお前ら二人にはちょっと別行動をして貰おうとな」
「別行動?」
「研究所最奥部の格納倉庫に、最新鋭機が取り残されているそうだ。お前ら、ちょっと二人で最新鋭機とやらの回収してこい。想像以上に侵攻規模がでかいらしくて、手が空いてる奴がお前らくらいしかいないんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。コンラートさんはともかく、俺は
いきなり「手が空いてる奴」と断定されてユウが反論しかけるが、その言葉をシキシマはにこりと笑って遮った。
「うん、お前の担当はテッさんに頼んで全部他の人に割り振って貰ったから」
「えぇ!?」
「ターゲットは格納庫にあるそうだ。研究所の損壊については許可が出てるから、着いたら機の兵装で壁を壊してそのまま飛んで帰って来るように。それとユウ、ちょっとコンソール出してくれ」
そう言うとシキシマは手にした携行用情報端末からケーブルを延ばし、ユウのバングルのコネクタに繋ぐ。ユウが慌ててコンソールを表示させると、結構な容量のファイルが端末から転送されてくるところだった。なるほど、これをケーブル経由で転送するためにシキシマはわざわざ帰艦口まで出向いたのだろう。技術はだいぶ進歩したが、今でもデータ転送は無線通信より有線通信のほうがはるかに早いのだ。
「研究所内部の地図データと、回収する機体のデータだ。それじゃ頼んだぞ」
大容量のファイルをものの数秒で転送させると、ユウのデバイスから引っこ抜いたケーブルをするりと収納してシキシマは踵を返す。そして連絡口に足をかけてから何かを思い出したように振り返ると、目が全く笑っていない笑顔でこう付け足した。
「あ、あと壊れたアルテミスはとりあえず外に出しといてくれ。邪魔だから」
「ひでぇ!?」
ようやく起き上がったコンラートが切ない声で叫ぶが、シキシマは片手を挙げただけでそれに応え、艦長室へと足早に戻っていってしまった。ユウはしょんぼりとするコンラートの足に最後のパワードスーツのモジュールを着けさせ、ぱちんと金具をはめ込む。そして立ち上がり、無言でその肩をぽんと叩いた。
* * *
四苦八苦しながら反重力キャリアーに載せたアルテミスを、なんとか艦の外へ運び出した二人は、汗だくになって荒い息をついた。
「ハァ……ハァ……パワードスーツ着てても楽な仕事じゃねぇのな、コレ」
「キャリアーに載せるの、普通は大体4人くらいでやるものですからねぇ……ハァ……ハァ……」
「あー、もう無理」
反重力キャリアーを押していたコンラートが音を上げて、発着場のコンクリートの上に大の字になって転がる。真夏のオセアニアの太陽に照らされたコンクリートは陽炎が揺らめくほどに熱くなっていたが、そこはさすがアサクラ製の耐爆仕様、全く熱を通してこない。
ユウはアルテミスが邪魔にならない位置に移動しているのを確認して、キャリアーの反重力出力をオフにする。小さな唸りを上げながらゆっくりとアルテミスを載せたキャリアーが沈み込み、微かな音を立てて接地した。
「あぢー……」と情けないうめき声を上げながらパイロットスーツの胸元をくつろげるコンラートの隣に、ユウも座り込む。
「運び出し、何とか間に合いましたね」
「おう、1時間くらい掛かったな……」
ぼんやりと二人で空を見上げて、言葉を交わす。本当は出航まであと30分しかないので、さっさとアルテミスに防水布を掛けて艦に戻らないといけないのだが、お互いにもうへとへとだった。ユウは膝を抱えて、ちらっとコンラートを見るとぽつりと呟いた。
「5分くらい、休憩してもいいですよね」
「……ああ、いいだろそれくらい」
苦笑して答えたコンラートの隣に、ユウもぱたんと仰向けになった。そのまま目を閉じる。夏の太陽が閉じたまぶたを熱し、その熱を吹きぬける風が散らしていく。しばらくそうして、その感触に身をゆだねていたユウに、コンラートが声を掛ける。
「そういえば、俺ら回収任務なんだっけ、最新鋭機の」
「そうですねー……」
疲労と、心地のよい太陽と風に包まれて少しぼんやりした頭で、ユウは曖昧に相槌を打った。
「じゃ、お前さんは1年ぶりの搭乗ってわけだな」
「……!」
続けられたその言葉に、ぼんやりとたゆたっていたユウの意識が急速に現実に引き戻された。思わず目を見開いた彼の隣で、コンラートは勢いをつけて起き上がると、にかっと笑ってみせる。
「久しぶりの空を見せてやる。お前は後ろで座ってな」
しばしぽかん、とした様子でコンラートの笑顔を見ていたユウだったが、やがてゆっくりと起き上がると困ったように少しだけ眉を下げて笑った。
「……はい、楽しみにしてます」
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