第15話 そして英雄は戦場に舞い戻る

『ぐ……グングニル大破! 通信途絶しました!』


 悲鳴に近い管制スタッフの声に、ユウの意識は現実に引き戻された。

 再び閃光が走る。それは三分の一を失ったグングニルには当たらず、深淵の奥へ溶けた。

 三度みたび閃光。紫電の光が旗艦フェニックスを掠めた。艦載アンテナの1本がはじけ飛ぶ。管制経由の音声が途絶えた。

 

「何だあれ! おい、何だよ何なんだよ!」


 コンラートのわめき声が耳に刺さる。それが未知の相手への恐怖であることに、妬みと羨みが胸の底を引っ搔いた。

 内から行われた3回の艦砲射撃により、巣には巨大な穴が開いていた。血と肉と血管と脂肪の色に彩られたその穴から、3つの艦載砲がこちらを見ている。


「トリ……アイナ……っ!」


 ギリギリと何かが軋む不快な音がする。自分の奥歯がその音を立てていることに、ユウは気付いていない。


 小型駆逐艦トリアイナ。1年ほど前まで使われていた型落ちの艦だ。。前面砲は大口径1門に集約された最新型のグングニルとは異なり、中口径の圧縮陽電子砲3門を備えている。

 三叉の鉾の名を冠したその特徴的な3門の砲口に向かって、ユウは吼えた。


「おかしいだろ! お前は倒したはずだ! 1年前に!」


 倒したはずだ、確かに。それが母体だと? ふざけている。あの絶望はもう終わったはずだった。

 感情に任せて振り抜いた拳がシエロの箱に当たり、LEDが激しく明滅する。


「落ち着いて、ユウさン。トリアイナ・キャプチャー、私のデータにもありマス。珍しいものじゃナイ!」

「馬鹿言え! そうポンポン駆逐艦が喰われてたまるか!」


 冷静に諭そうとしたシエロにユウが怒鳴り返すと、そこにナギが割って入った。


「いーや。そうでもないよ、ユウ」


 いつもは余裕8割といったナギの声には、珍しく焦りと困惑の色が滲んでいる。

 

友軍識別信号IFFを拾った。――あれ、第11調査大隊のフネだ」

「はぁ!?」

「管制! 管制聞こえてる!?」


 ジジ、とノイズが走る。途切れ途切れにシキシマの声がそこに乗った。


『――だと!? おいナギ、聞こえ――か』

「あーダメかこりゃ。アンテナぽっきんしてたもんね」


 携帯端末の通信状態が悪かったかのような軽さでナギがぼやいた。一切悲観的な色がないその声に引っ張られて、ユウも冷静さを取り戻す。悪夢の再来であることに間違いはなかったが、あれは


「シエロ、トリアイナ・キャプチャーとの戦闘経験があるのか」

「いやァ、そこはちょっと曖昧でしてェー」

「んん……」


 気を取り直してシエロに尋ねれば、ふわっとした回答が返ってきた。ユウは眉間に皴を刻んでシエロを見る。鹵獲されたトリアイナとの戦闘記録を、フォボスの悪夢以外にユウは知らない。再び頭を占めようとした“お前は誰だ”の問いを、ユウは頭を振って追い出した。流石に今はそれを考えている場合ではなかった。


 再び通信にノイズが走ったかと思うと、突然音声がクリアになった。


『こちら管制室、シキシマだ! アンテナを切り替えた。ナギ、通信聞こえるか!?』

「おっけおっけー、良好良好。で、どこまで把握してんの?」

友軍識別信号IFFの話は聞こえた。第11調査大隊だな?』

「そうそう。ちゃんと拾えて偉いぞカンチョー」

『えらいぞー、カンチョー』


 アサクラの混ぜっ返しまで聞こえてきて、ユウは少し頬を緩める。ギリギリと軋む不快な音は、いつの間にか止んでいた。


『第11調査大隊だが、報告書込みの最終通信記録は4ヶ月前だ。3ヶ月前に木星近辺で友軍識別信号IFFが確認されて以降消息不明になっていたらしい』

『3か月前の時点で友軍識別信号IFFは偽装だったって僕は思ってるけどねぇ。監視塔の生存信号ハートビート偽装といい、新しいタイプが出てきたなー』

 

 名前考えなきゃぁ、とウキウキしているアサクラの頭をシキシマがひっぱたいたらしい。「あいたぁ!」とわざとらしい悲鳴が聞こえる。


『これよりフェニッ旗艦クスとフィディピデ輸送艦ィスはトリアイナの艦砲射程圏外に退避する。フォボスの悪夢を繰り返すわけにはいかん。申し訳ないが火力支援はナシだ』


 ユウは唇を噛んだ。火力支援なしの母体討伐戦。否応なしにトラウマが蘇る。そのトラウマに、シキシマは特級の爆弾を投げ込んだ。


『相手はトリアイナだ。ユウ、対トリアイナ戦での功績のあるお前に、現場指揮を任せる。頼んだぞ、“フォボスの英雄”』

「――っ!」


 息が詰まる。返事ができなかった。フォボスの悪夢でトリアイナを下し、母体も倒したのは確かだ。だがそれは自分の功績ではない。功績であってはいけないと思い続けてきた。

 操縦桿を握りしめ、動かなくなってしまったユウの前で、シエロのLEDがゆっくりと瞬く。


「大丈夫デスよ、ユウさン」


 合成音声が、柔らかな感情を伴って発せられた。


「シエロ」

「私がついてマス。大丈夫」


 ユウは硬く目を閉じた。包み込むような優しいそれは、呪いの言葉だった。あの日リサに言った台詞が、実現出来なかった言葉が、心臓に絡みついて彼の後悔を強く強く締め上げる。


(——最後のお願い)


 リサの声が、頭の奥でこだました。あの時にこそ、「大丈夫」と言ってあげればよかった。 

 目の奥で星がちらつき始めた時、ユウは目を開ける。手遅れに過ぎるが、もう一度、あの願いに報いる時だと思った。


「……わかりました。HSU-01、現場指揮に入ります! 皆さん、力を貸してください!」


 その名を知る者は多いが、誰かは知らない。それが“フォボスの英雄”だった。その英雄が指揮を執るという事実に、回線が沸き立つ。ともすれば簡単に折れてしまうかもしれなかった決意には、仲間たちの力強い声が応えた。


 もう後には引けなかった。ユウは瞑目し、自分に言い聞かせる。あの時とは違う。背中を預け合える仲間がいて、自分はもう新兵ではない。

「なあユウ。俺、お前の事、さん付けで呼んだほうがいい?」とコンラートが近距離通信でこっそり聞いてくるのだけが、ひどく可笑しかった。


 * * * 


「5分で作戦を練る。シエロ、お前のデータも貸してくれ」

「モチロン」


 ナギからデータリンクされた母体の情報を見る。鹵獲されたのは小型駆逐艦トリアイナ。第二世代で、フォボスの悪夢で甚大な被害を出したそれと同じものだ。ユウは戦略データベースからトリアイナの情報を引っ張り出すと、艦載砲の位置を基準に母体のデータに重ね合わせた。


「弱点は水素反応炉だ。ここに1基……もう一つはここ」


 航空燃料と液体酸素を反応させて推進するアヴィオンと異なり、軍艦の心臓部は核融合によりエネルギーを取り出す水素反応炉だった。膨大なエネルギーを産み出す水素反応炉を搭載することで、艦載砲は弾切れ知らずだ。

 戦艦を乗っ取った鹵獲機キャプチャーにとって、その水素反応炉が弱点なことは明白だ。だが1年前の戦いでは駆逐艦が乗っ取られるという前代未聞の衝撃に当てられ、その答えに辿り着くまでに多くの犠牲を出した。指揮官クラスでもなければ、各戦闘レポートに目を通すものは多くない。ユウの記憶と経験が、今は作戦の要だった。

 シエロと共に、トリアイナの防衛機構の位置などをひとつひとつ確認しながら侵攻手順を詰める。打てば響くように返ってくるシエロとのその作業に、時折自分自身と対話しているような錯覚に陥った。


「艦砲は撃ってくるかな」

「立ち位置次第デスかね。データが正しければ、巣を大きく壊しテまでアヴィオン相手にハ撃たないはずデス」

「うん。巣の中にいるこの状況、鹵獲機キャプチャー相手ならアドバンテージになるかもしれないな」


 巣に癒着した母体から肉を削ぐ作業は熾烈を極める。巣から無制限に材料を吸い上げることが可能な母体の回復速度は、監視塔喰らいの比ではない。フォボスの悪夢ではそれで地獄を見た。

 だがダイモスの母体は、その身の内に水素反応炉という爆弾を2つも抱えている。体内を自由に逃げ回る核とは違い、水素反応炉は位置情報も明確だ。その水素反応炉を破壊することで艦砲は撃てなくなるし、破壊時の熱放射により母体そのものに大きなダメージを与えることもできる。

 さらにフォボスの悪夢では大型に喰われたことで自由に動き回り艦砲射撃を撒き散らしていたが、母体は巣と癒着していて動けない。その巣もダイモスの地表面に作られているから、艦砲の死角から回り込むことができるはずだった。


 管制指令室の立体投影地図とリンクしているダイモス周辺宙域のデータとにらめっこし始めたユウに、シエロが声を掛ける。


「ルート、私ガ作りましょうカ」

「できるか?」

「モチロン。データリンクを失礼」


 データリンクを知らせる音が一つ鳴る。ヘルメット内のAR表示領域に白い手首が現れた。シエロが手に入れたばかりの、VRギア訓練の成果だ。なめらかな白い指がダイモスをゆっくりと撫で上げ、侵攻ルートを刻んでいくのを横目に見ながらユウは声を張り上げた。

 

「イドゥンは全機、満載で随伴を! 地表面ギリギリから回り込んで母体の後方を目指します!」


 * * * 


 ダイモスの裏側は、光が当たらない闇の世界だった。恐怖の神の名を冠する小さな衛星は、今まさにその名を体現しようとしているかのようで、ユウはぶるりと身を震わせる。


 部隊は二つに分けた。現在の防衛線位置から派手に攻撃して雑魚と砲撃を引き付ける残留部隊と、トリアイナ艦砲の射線外から回り込んで母体を直接攻撃する特攻部隊。

 HSU-01を先頭に、爆撃機スサノオ、戦闘攻撃機ガーゴイル、攻撃機アルテミスの特攻部隊が真っ暗なダイモスの地表面すれすれを飛んでいく。少し離れて戦闘機ヘルヴォル、補給機イドゥンと救助機隊イージス&アンカー、残留部隊との通信のために随伴している早期警戒機ヘイムダルが続いた。


「20秒後に爆撃ポイントに到達! アルテミス・ガーゴイルは艦側面の兵装の排除、スサノオはマーカー部分に爆撃を!」

「「「了解コピー!!」」」

 

 銀の機体を閃かせて、アヴィオン達は再び光の世界に飛び出した。駆逐艦の形をした肉の塊に無数に散りばめられた目玉が、ぎょろりと動いてその姿を捉える。肉の塊が震え、側面から防衛用の小型砲がいくつも顔を出した。だがそれが火を吹くより早く、ガーゴイルの陽電子砲がそれらをまとめて薙ぎ払う。


「見えてる範囲は潰したぞ! ローテーション頼む!」


 ガーゴイルが速度を落とすと、2機のスサノオが躍り出た。巨大なブーメランのような翼から投下された大量の爆薬が、1基目の水素反応炉の位置に降り注ぐ。閃光が弾け、肉の奥から半分溶け崩れた無機質な外装が姿を現した。


「キタキタキタァ! やっぱボス戦ってのはこうじゃなきゃいけねぇや。弱点部位ってやつは見えやすくねぇとなぁ!」

「ゲームじゃないぞ、コンラート!」

「んなこたぁ分かってますよ……っとぉ!」


 アルテミスから発射されたミサイルがその壁に突き刺さる。爆発が外装をめくりあげ、その隙間から追撃のミサイルが飛び込んだ。


「爆発するぞ! 退避!」


 壁の中で光が弾けたかと思うと、まだかろうじて形を保っていた部分の外装が赤く膨れ上がって破裂した。広範囲の肉が熱放射により蒸発する。母体が大きく身を捩った。破壊された水素反応炉は母体の中に半ば埋まったまま、再生を繰り返すその肉を焦がし続けている。


「水素反応炉撃破1! よし、このまま2基目を――」

「――ダメ!」


 出しかけた再突入の指示を、シエロが遮った。

 もし宇宙空間に音が伝わるとしたら、酷く粘着質な音が響いたに違いない。まず焦げていない肉に無数のあなが空いた。粘液の糸を引きながら、その孔が拡がっていき、その奥から骨と筋で構成された砲身が姿を現す。リコイルの動作。そこまでが瞬きのうちに行われた。

 砲口から網油あみあぶらのような形状の生体組織が発射され、一足早く母体に接近していたガーゴイルの1機に絡みつく。


「なんだこれ! クッソ制御が効かな――」


 悲鳴のようなパイロットの声。制御を失ったガーゴイルが母体に突っ込み、銀の機体がぞぶりと肉の襞に沈み込む。ユウの脳裏に、母体に掴まれたリサの機体の姿がよぎった。咄嗟に「イージス!」と叫んだその声もまた悲鳴に近い。


「アンカー打て!」

「ワイヤー、5本出します!」


 ワイヤーの尾を引いて、イージスが飛び出した。金色の盾が閉じ、躊躇いなくガーゴイルが沈みかけている肉壁の直上に体当たりする。


「返せやオラァアアアアアアアア!」


 ライナスの怒号が轟いた。追撃で飛んできた網油あみあぶらを、火炎放射が焼き払う。巨大なロボットアームが、がっちりとガーゴイルの機体をくわえ込んだ。


「掴んだ!」

「離脱砲撃つぞ!引けェエエエエエエエエエエ!」


 巨大な大砲とライナスが吼えた。莫大な熱と質量が、ガーゴイルを絡めとっていたアザトゥス体を吹き飛ばす。反動リコイルが、抱え込んだガーゴイルごとイージスを後方に弾き飛ばした。

 周りの無事な組織から伸びた触手のようなものが、イージスに追い縋る。その粘つく腕が届く前にアンカーのウィンチが唸りを上げ、2機を素早く前線から引き離した。

 人質を失った肉壁にミサイルが炸裂し、骨と筋の砲身が砕けてソラを舞う。うねうねと蠢く触手は、ヘルヴォルのレーザー砲が焼き払った。

 

「すまん、助かった!」

「おう! 誰も死なずに帰ろうぜ!」


 イージスが燃料補給に入る。ユウは母体を見た。もう1基の水素反応炉は対角側にある。


「もう1度回り込んで反対側から攻撃する! スサノオ第一編隊は水素反応炉の露出を! 第二編隊は反応炉の爆発に合わせて残りの部位を吹き飛ばせ!」

「「了解コピー!」」

 

 母体の状態を監視しているヘイムダルと護衛のヘルヴォル1編隊を残し、特攻部隊は再び暗黒の世界に飛び込んだ。光の当たらない側面を一足飛びに飛び越えて、再び光の中に躍り出る。

 それは母体が大きく震え、小さな肉の種を振りまいたのと同時だった。肉の種が巣の組織に潜り込むと、巣の組織が急激に枯れていく。瞬間的に肉が沸き立ち、母体に肉薄したスサノオに向かって無数の小型アザトゥスが飛び出した。


「ヤッバ――――」


 ずらりと並んだ小さな牙がブーメランのようなその翼に食らいつこうとした瞬間。横合いから閃光が走り、それらを残らず消し飛ばす。


「待たせてすまない! 火星駐屯地戦闘航空団、第7部隊だ! 加勢する!」


 無線から流れ出たその声に、ユウは目を見開いた。母体の足元から沸きあがる無数の小型アザトゥスが、次々と撃破されていく。シエロが口笛を吹くかのように、高い電子音を一つ上げた。

 

「このタイミングで増援トハ! 運は天にアリとはいえ、その天はどうヤラこちらの味方。みなさン、畳みかけますヨ!」


 その妙に気取った言い回しに呼応するかのように、スサノオから再び爆弾の雨が降る。爆撃により露わになった溶け崩れた外装は一瞬にして破壊され、2基目の水素反応炉もまた熱放射をまき散らす楔と化した。


「水素反応炉撃破! 艦砲は!?」

「トリアイナ・キャプチャーの艦砲射撃停止を確認! 残留部隊、合流します!」

「全員、母体にありったけの攻撃を叩き込め――!」

 

 ユウは叫んだ。喉から出るその声は震えている。操縦桿を握る手が震えている。どくん、どくんと胸の奥で心臓が鼓動を刻んでいる音が、耳まで届くほどに激しい。

 信じられない気持ちだった。恐ろしささえ感じるほどに、何もかもがうまくいっていた。護衛のアザトゥスも失い、周囲の巣組織も枯れ果てた母体は激しく触手を振り回して抵抗している。肉の表面にいくつも生えている、巨大な瞳が忙しなく左右上下に動いた。


 爆発と閃光と炎が、幾重にも交差した。肉と金属が混ざり合った穴の奥に、蠢く核が現れる。とどめの指示を出そうと息を吸い込んだユウが言葉を発するより早く、コンラートが叫んだ。


「ユウ、撃て!! !」


 陽電子砲のチャージは終わっていた。震える指が、握りこんでいた赤いボタンを解き放つ。もはや己の身を隠す再生力も逃げ込む肉もないその核を、紫電の閃光が貫いた。それを皮切りに、過剰なまでの閃光が核を串刺しにする。肉と融合したトリアイナは中央から真っ二つになり、羽のような軽さでダイモスの地表を一、二度跳ねると、静かにその動きを停止した。

 

 * * * 


 回線には歓声が満ちていた。よくやった、さすがフォボスの英雄だと口々に皆が自分を称える声を、ユウは呆然とした表情で聞いていた。

 すっ、とその音量が下がる。データリンクしたままだった相棒シエロが、勝手に設定を弄ったようだった。

 柔らかくLEDが瞬く。


「お疲れ様デシタ」

「……うん」

「大丈夫ですカ」

「……大丈夫」


 ユウは目だけを動かして、フライトコンソールのインジケータを見る。電力インジケータは、まだ陽電子砲が撃てる残量を指し示していた。


「のこってる……」


 ユウは呟いて、キャノピーの向こうに広がる星空を仰ぐと目を閉じた。


「1発撃っただけの英雄か」


 自嘲気味に呟いたその声にシエロは返事をせず、帰途についた機体を静かに前に進めた。


 * * *  


 除染の完了を告げる甲高いブザーの音が鳴り響き、遠のきかけていた意識を揺さぶった。耳障りな電子音の中にごんごん、という音が断続的に混じっている。

 ユウは目を開いてキャノピーの外を見た。目が合った相手は、一つ頷いて梯子を下りて行ったようで、すぐその姿が見えなくなった。

 ヘルメットを外し、操縦席からのそのそと体を起こすと、シエロが開いてくれたキャノピーから出てゆっくりと梯子を降りる。降りた先には、双子が待っていた。


「……おかえり」


 ユリウスがそう言って、ユウの肩を抱く。既にパイロットスーツを脱いでいたその腕からは、温かな熱が伝わってきた。偵察時にまた負傷したのだろうか。包帯を巻いた姿が痛々しい。


「無事で良かった」


 称賛でも労いでもない友の言葉が、胸の奥にすとんと落ちる。ユウの目から、涙が溢れた。ユリアが黙って、兄ごとユウを強く抱きしめる。


「怖かった……怖かったんだ……」


 安堵と、恐怖と、後悔と、罪悪感と。そのすべてをミキサーに入れて、ひどく攪拌したようだった。

 他に誰も居ない格納庫で、過去を知る友人の胸の中で、再び英雄と呼ばれたユウは、幼い子供のようにただただ大きな声をあげて泣き崩れた。



――――――――――――――――――

お読みいただきありがとうございました。

これにて1章は完結となります。

面白いと思っていただいけましたら、★で応援いただけると大変励みになります。


以下の近況ノートに1章あとがき代わりのキャラクター座談会を置いています。

https://kakuyomu.jp/users/arai-coma/news/16817330668461993792

茶番がお好きな方はこちらもどうぞ!


この後におまけが2つあり、その後第二章の火星編が始まります。


引き続き第13調査大隊の旅をお楽しみください。

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