第7話 機械仕掛けの自由

 火星までの道程は、シキシマの言った通り平和なものだった。1日2回、早期警戒機ヘイムダルと哨戒機ヤタガラスによる哨戒が行われている他は特に出撃もなく、ただでさえいくらか免除されて減っている整備班の仕事はほぼ回ってこない。

 一方で落ち着いたら話そう、と言っていたシキシマの仕事は落ち着く気配がなく、毎日忙しそうにしているその背中に声を掛けるのも憚られた。ユリウスもユリアに尻を叩かれる形でリハビリに精を出しており、滅多に部屋に戻ってこない。つまるところ、ユウは暇なのであった。


 たっぷりと余った時間を使ってユウは工作に勤しんでいた。整備班御用達のリペア&メンテナンスユニット、通称RAMの予備機をテッサリアに頼み込んで1台融通してもらったのだ。ダメ元で頼んだつもりだったのだが、優しい整備班長はすべてお見通しだったようで、高精細カメラの予備部品も分けてくれた。そのいじくり回したRAMは、今シエロの格納庫に置かれている。


「シエロ、繋ぐよ」

「ハイ」


 ユウはシエロの箱にケーブルで接続されたラップトップのキーボードを叩くと、「オー!」とシエロが歓声を上げた。


「見えてマス見えてマス! 私こんな形してたんデスカ。ちょっと幽体離脱した気分デス」

「幽体離脱とはまた……。そうか、でも外観見るのは初めてだもんな」

「戦闘機は鏡を見ませんカラねぇ」


 アッハッハ!と敢えて笑う表現を口にしたシエロにユウは苦笑すると、コックピットから降りてRAMの前に立った。


「よしシエロ、入力系統を一時的に切り替えてるから、ちょっと動いてみよう。まずは簡単な所から、推進と左右のロールの入力をそれぞれ前進と右回転、左回転に割り当ててるから試してみて」

「ふふン、高機動ならお任せアレ」


 シエロがそう言った瞬間、RAMのモーターが唸りを上げた。そのまま勢いよく発進したRAMが工具箱を吹っ飛ばして壁に激突したのを見て、ユウは「車輪モードにするんじゃなかった……」と呟きながら額に手を当てて天井を仰ぐ。


「ハテ?」

「シエロさん、君は今地上にいます。離陸はしないんで初速を吹かす必要はありません」

「これは失敬。なんせ宇宙にいるものデ」


 まぜっ返しながら左右にRAMを動かそうとしてシエロは壁に引っ掛かった。モーター音が虚しく響く。


「……バックが欲しいでス」

「アヴァオンはバック出来ないでしょ…取り敢えず既存の信号だけ割り当ててるからしばらく我慢して」


 意外と重いRAMの機体をうんうん唸りながら引っ張っていると、「楽しそうな事してるねぇ」と背後から声が掛かった。


「げっ、アサクラさん」

「やっほー」


 相変わらず生気のない顔ににこにことした笑みを貼り付けて、アサクラが手を振る。アサクラは軽い足取りでユウ達に歩み寄ると、するりとバングルから引き抜いたケーブルをRAMのジャックに挿し込んだ。立ち上がったホロモニタを30秒ほど睨むと、軽快な動作でホロキーボードを叩く。


「よしシエロ、バックしてみて?」


 モーター音が軽く響き、RAMが滑らかに後退したのを見てユウが目を見開く。アサクラはケーブルが抜けないよう、RAMと一緒に動きながらさらにキーボードを幾つか叩くと、ジャックからケーブルを引き抜いて膿んだ微笑みを見せた。


「完璧完璧。ユウ、割り当てをレクチャーしてあげるからこっちにおいで。シエロは少しそこで動く練習しててね」


 ひらりと手を振ると、アサクラはRAMに背を向けてすたすたと歩き出す。十分に距離を取ってから、ユウは小声でまくし立てた。


(何の魔法を使ったんです!? 機械じゃないんですよ、割り当てのない信号なんてわからないはずでしょ?)

(そうだよ、機械じゃないんだよねぇ。元は人間の身体に繋がってた脳みそなんだから、「下がって」って言われれば無意識に人間の身体で使っていた「下がる」の信号が出るのさ。くく……1発目の動作はダミーだよ、入力が何であれ下がらせてるだけ。あとは信号が出たら速攻でバックに割り当ててやれば完成だよ。ね、簡単でしょ)

(出来るかそんな神業みたいなこと!!)


 思わず敬語も放り出してツッコミを入れたユウに、アサクラはくつくつと笑う。


(まあ一般人の君は1回信号出させてからちょっと調整させて、って流れでいけばいいでしょ。RAMハンドも動かせるようにしたいならVR空間使うといいよ。あのカメラの画角的にRAMハンド映らないからね、わかりやすくモノはあったほうが正確な信号は出やすい。心配なら見ててあげるから誰かに借りておいでよ)

(……親切すぎて怖いんですけど、何か企んでます?)

(君と同じだよ、平和すぎてサンプルの1つも来ないから僕も暇なの。さ、行った行った)


 不審そうな表情を崩さずに格納庫を出ていくユウを見送って、アサクラは肩を竦めた。


「ま、企んではいますけどねー。ユウってばここ数日泊まり込んでやってるんだから参っちゃう」


 彼はそう独り言ちるとちらりとシエロが操作するRAMのほうを見る。だいぶ操作に慣れてきたようで、RAMは格納庫内を走り回っていた。放っておいてもよさそうだと踏んで本体のコックピットに向かう。コックピットにはユウのラップトップが置かれていた。ラップトップにカメラがついていることを考慮して、その視界を塞ぐような形でシエロの筐体に向き合う。


「調子はどーぉ?」

「だいぶ慣れてきまシタ。バックあるので動きやすいデスよ」

「いいねぇ。ついでに音声転送の設定もしてあげようか」


 そう言ってアサクラはバングルを接続し、設定作業している風を装いながら、筐体横のメンテナンスハッチをそっと開く。その状態でしばらく会話を続けていたが、シエロがハッチを開けられたことに気付く様子がないので、音をたてないように慎重に作業を続行する。

 筐体の中に満たされている薬液の入れ替え口にチューブを取り付け、新しい薬液を少し注入する。注入した分だけ、箱に満たされていた液体が押し出された。その液体で試薬瓶を満たすと、しばらく数値のモニタリングをしてから入れ替え用のチューブを引き抜く。なんということはない会話を続けながら、ハッチを閉めて試薬瓶とチューブをしまい込んだ。

 目的の作業を終えて一息つくと、彼は音声転送の設定作業のためホロキーボードを叩き始めた。

 

* * *


 ユウが戻ってくると、シエロの操るRAMとアサクラが談笑しているところだった。全く手をつけられていなかった音声の繋ぎ込みを僅かな時間でさっさと済ませたアサクラに、ユウは内心舌を巻く。

 そんなアサクラの手により整備班の友人から借りてきた廉価版のVRギアのカメラへの繋ぎ込みも一瞬で終わり、瞬く間にシエロ操るRAMは手代わりのマニピュレータまで自在に使えるようになった。


 暇を持て余していたところに自由な体を手に入れ、何処にでもついてくるようになったシエロはシキシマによってクルー達に紹介され、多少の驚きと共に比較的すんなりと受け入れられつつある。アサクラが居ればまあそんな事もあるだろう、と誰もが謎の諦観を持っているようだった。


「今日のメニューはナンデス?」

「スクランブルエッグとサラダとトースト。物珍しくもないだろ」


 ユリウス、ユリアと連れ立って朝食を摂りに来たユウの隣にもシエロはいた。ユウはRAMのカメラアイに見える位置に皿を降ろしてやりながら、何の感慨も無さそうにフォークの先でサラダのトマトを転がしている。


「カメラ、上下出来るようにしてあげたら?」

「簡単に言うけどさぁ……」


 ユリアさんのも見たいデス、と請われ、「同じよ」と面倒そうな様子で皿を見せてやりながらぼやいたユリアに、ユウは肩を竦めてみせた。そんな彼らの座っている席の横に新たにトレイが一つ置かれる。


「隣、失礼するよ」

「艦長さン、おはようございマス」

「ああ、おはよう」


 フェニックスでは階級の上下に関係なく、誰もが同じ食堂で食事を取る。席は特に決まっていないため、気の合う仲間と同席している者がほとんどだが、こうして上官と同席する事も勿論あった。

 若干緊張したように居住まいを正した双子に、シキシマは苦笑する。


「単に隣で食事を取るだけだから、そんなに緊張しないでくれ。火星までもう少しだ。君らが毎日哨戒に出てくれたお陰で安全な旅路だったよ」

「まあ、毎日空振りでしたけどね」

「君の言う空振りが、ここにいる全員の安全な旅を保証しているのさ。日々の哨戒では、トラブルがないことは最も望ましい結果だ。君たちの地道な努力があるからこそ、こうして穏やかに朝食が取れる。仕事の質は派手さではなく、その結果で測るべきだ」

「……ありがとうございます」


 飾り気のないまっすぐな賞賛に思わずはにかんだ双子に、シキシマ自身も少々の照れを覚えたようだった。彼は咳払いを一つすると、スクランブルエッグを一掬いして口に運ぶ。


「……うむ、やはりナタリアさんの卵は美味いな」

「そうそう。食事は楽しく食べないとねぇ」


 そのシキシマの横に更にトレイが置かれ、明るい声が響く。ふわりと雪のように白い髪が揺れ、「みんな、おはよ」と紅い瞳が微笑んだ。


「おはよう、ナギ。ギルと一緒じゃないの珍しいね」

「今朝、哨戒だったからねー。ボクがせっせと働いてる間にギルってば済ませちゃったって言うんだもん。ひどいよねぇ」


 そう言ってナギは紅い目を瞬かせた。

 賑やかに喋りながらもひょいひょいと次々に食事を平らげているナギは哨戒機ヤタガラスのパイロットだ。その歳はユウ達と同じく18だが、軍人歴は8年のベテランである。

 第13調査大隊には数多くの少年兵達が在籍している。彼らのほとんどは5年前の侵攻以降、大幅に数を減らした大人たちの代わりに軍属となった者達だ。

 ナギは幼い頃、アルビノであるその見た目故に売り飛ばされそうになっていた所をとある傭兵団所属のギルバートという男に拾われ、その傭兵団で共に働いていた異色の経歴の持ち主だった。傭兵団はその後丸ごと防衛軍に召し上げられており、今はギルバートも同じ大隊に所属している。

 そのギルバートはといえば、今日は同席していないようだった。


「今朝の哨戒も特に問題はなかったか?」


 その細い体のどこに入るのかと言いたくなる量をぺろりと平らげて、シエロにちょっかいを掛けていたナギに、シキシマが声を掛けた。ナギはシエロのマニピュレータをつつき回していた指を止めて、きょとんとした表情でシキシマを見ると、何かを思い出したかのようにぽん、と膝を打つ。


「そうだそうだ、今朝の哨戒で1体仕留めてきたよ。出芽個体だったからヘイムダルでもう1回見てきたほうがいいかも。さっきレポート上げたから見といて〜」


 そう言ってトレイを持って立ち上がったナギに、一拍遅れてシキシマが白目を剥く。


「待て、出芽個体だと!?」

「うん。出てきたチビ達も全部殺ったから問題はないと思うけど?」

「そういう問題じゃない。管制室から報告来てないぞ。状況報告SITREPはどうした」

「いやぁ、サクッと倒したしいっかなーって……」

「……ちゃんと二機編隊エレメントで行ったんだよな?」


 シキシマがそう言ってめつけると、ナギはぺろっと舌を出す。


「あー……、ラニちゃん、来るの遅かったし?」


 シキシマは黙って眉間を揉むと、バングルで内線をコールした。何コールか呼び出し音が鳴った後、繋がった瞬間に怒鳴りつける。


「……管制室!! 何やってた!」

(こっちだって止めたんですよお! ……は? 出芽個体? 聞いてないですよそんなの! レポート? げっ、上がってる)


 漏れ聞こえてきた会話の内容に、「やばっ」と呟いてナギが逃げ出す。ユウ達は顔を見合わせると、黙って朝食の残りを掻き込んだ。どうやら今朝は、食後にコーヒーを飲んでいる余裕は無さそうだった。



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