黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記

新井狛

序章 月面研究所回収任務(上)

「さて。これは今からそう遠くない、だが決して近くもない未来のお話なのだけど」



* * * 



 爆発音が響き、上から崩れたコンクリートの欠片がバラバラと降ってきた。


「くそが! 回収に回された人間が居るってことを忘れてんじゃねぇのか戦闘中の連中は! おいユウ、無事か!」


 とっさに頭を庇い、すっかり風通しの良くなった天井から見える戦闘機群に悪態をついて、男はツーマンセルで共に突入してきた仲間を振り返った。

 ユウと呼ばれた、彼よりも幾分か華奢な相棒は「ですねぇ」と呟きながらスーツの前腕部に取り付けられたコンソールを叩いて施設内の地図を呼び出す。ヘルメットのバイザーにAR表示された地図で現在地と目的地を再確認してから、彼も天井の穴にちらりと目を向けた。


「まあ、さっき通信も途切れちゃいましたしねぇ。上は上で大変なんでしょう。で、この辺りは吹き抜けになってて天井が薄いみたいですから、さっさと抜けちゃいましょう」

「おう、そうしようそうしよう」


 ユウの提案に軽く頷き返して、二人は走り出す。時折破片がバラバラ降ってきて粉塵を振りまくが、フルフェイスヘルメットを装着した二人は意にも介さず、大きなストロークで瓦礫だらけの地面をリズミカルに蹴っていく。


「ま、天井が薄かろうが分厚かろうが砲弾の嵐が落ちてくりゃ関係ねーんだろうけどな。爆弾を下に落とすなっつの」

「無茶言わないでくださいよ。六分の一とはいえ重力あるんだから爆弾だって落ちてきますって。逆に多少の破片なんかダメージにならないじゃないですか」

 

 苦笑いしながらユウが答えると、男は「そうなんだけどよー」とこぼしながらガシガシと頭を掻く素振りをし、その手をヘルメットに阻まれて舌打ちする。


「あーくそ。俺ら調査大隊なのに何だってこんなことしてんの。しかも俺パイロットなのに地上の回収任務とかさぁ!」

「それは貴官が慣らし運転の帰りに帰艦ミスって大破したからじゃないですか……。自分なんて整備兵ですよ、整備兵」


 あ、ちなみに貴官と帰艦を掛けてます、とバイザーの奥からちょっと得意げな表情を覗かせたユウの頭をぽかりとやって、男は「お前も元パイロットだろうが」と本人には聞こえないくらいの音量で呟いた。


 彼らの現在地は、月面にある研究施設である。彼らの所属する第13調査大隊の主任務は太陽系周辺宙域の調査なのだが、長距離航海を間近に控えた今日、月面研究所から突如の敵軍襲来による救助要請があった。だが不幸な事に主力艦隊は年に一度の火星方面での大規模演習中であったため、ちょうど出港準備を終えつつあった彼ら第13調査大隊に白羽の矢が立ったのである。

 慌てて現地に飛んでみれば、待っていたのは群れを成す敵軍と「研究所内部に取り残された最新鋭機をなんとしても回収せよ」との無茶な通達。とにもかくにも全戦力を以って掃討に当たることになり、作戦前にドジを踏んで大破した機体のパイロットと、その機体の修理に割り当てられていて、「あれ、俺たちどこ行けばいいの?」状態でぽつーんと艦内に残る羽目になったユウの二人が回収班に回されたという次第であった。


「おいユウ、あとどんくらいだ!?」

「もう、ちょっとは自分で見てくださいよねー……」


 自分のコンソールに触る素振りすらみせず怒鳴る男へバイザーの奥で眉を下げて見せて、ユウはスタンバイ状態で消してあった地図を再度呼び出す。AR表示されたそれに、一瞬視界が遮られた。


「ええと……もうすぐです! あと1区画またげば格納庫が……ってうわぁあ!?」


 遮られた視界の横合いから不意に突き飛ばされ、ユウは悲鳴を上げる。直後、すさまじい轟音と共に大量のコンクリート片と何か巨大なものが降ってきた。慌てて地図をスタンバイ状態に移行させるが、もうもうと立ち込める粉塵のせいで何も見えない。とりあえず退路を断つかのように落ちてきた巨大なコンクリートの欠片の陰に滑り込むと、再び地図を呼び出した。パートナーを示す光点は斜めに傾いだそのコンクリート辺の向こうにある。声を掛けようと息を吸い込んだ時、さっきまでクリアだった音声にノイズを混ぜ込んで切羽詰った声が掛けられた。


「おいユウ、大丈夫か! ……ゲホゴホっ!!」

「ちょっと!? 無事なんですか!?」


 激しく咳き込む声に、ユウは目を見開く。フルフェイスのヘルメットを着用しているのだから、粉塵で咳き込むはずはない。何かしらのダメージを受けた可能性が高かった。必死に状況を確認しようとするが、向こうの様子はヒビの入ったコンクリートの隙間からわずかに見える程度で、何も分からない。


「おいユウ、俺がそっちに行くのはもう無理だ! すぐそこなんだろう、お前一人で行け! ……ゲホッ!」

「無茶言わないでください! というか怪我したんでしょう、すぐそっちに行きますから……」

「無理だ、来るな! いいから行け! っゲホゲホゴホ!」


 胸でも打ったのか、ひどく掠れた声で咳き込みながらぴしゃりと「来るな」と言われて、ユウは息を呑んだ。コンクリート片と共に落ちてきた巨大な何か。心当たりは、ありすぎるほどにあった。震える喉で空気を吸い込み、言葉をしぼり出す。


「……まさか、さっき落ちてきたのって」

「そんなことはどうでもいい。いいからお前は行け。行って、最新鋭機とやらを回収してこい」

「何言ってんですか、俺整備兵ですよ! 最新鋭機なんて飛ばせるわけがないでしょう!」

 

 そうだ。回収するのは最新鋭の戦闘機。だからパイロットと共にここまで来たのである。久しぶりの空を見せてやるからお前は後ろで座ってなって言ったじゃないですか、と怒鳴り返してユウはコンクリートのヒビを蹴り飛ばした。当然ヒビが広がるわけもなく、ユウの足にじん、と痺れが走る。もはや意味を為さない叫びを上げながらコンクリートの塊を殴り続ける彼に、男は言う。


「ユウ、お前は飛べるよ。お前が操縦桿を握ってたのは、たった1年前じゃないか」

「でも!」

「なぁに大丈夫だ。最新鋭機つってもそんなに変わりゃしねーさ。それに、お前のカワイイ拳と戦闘機の砲、どっちが俺を助けられるよ? さっさと回収して、帰るついでに俺を拾いに来てくれよ」


 コンクリートのヒビの隙間から、ちらりと鈍色にびいろの鱗がずらりと並んだ何かが見えた。そのヒビにヘルメットに包まれた額を押し当てて、ユウはポツリと呟く。


「フラグ、立てすぎですよ。死にますよ」


 壁の向こうで、男がくすくすと笑う。


「なに、心配ない。立てすぎたフラグは逆に死なないフラグになるんだ」


 その混ぜっ返しにユウは答えず、背負った銃を降ろすとマガジンを抜き取り、それをヒビの隙間から押し込んだ。そして銃を投げ捨てると、きびすを返して走り出す。

 余計な死亡フラグ増やしていきやがって、と笑いながら男はマガジンを拾い上げる。かがんだ瞬間に胸が圧迫され、再度激しく咳き込んだ。


「よじ登りたいところだが、さてさて……ゲホッ」


 彼がいるのは、落ちてきたコンクリートとコンクリートのわずかな隙間。進路も退路もない。あまりに頼りない銃を構え、彼は隙間の外の空間に繋がる唯一の道、つまり上にぬうっと立ちはだかる巨躯を見上げる。


「あいつが帰ってくるまで、お前に殺されるわけにゃいかんのだよ。どうせお前らなんぞ皆殺しだから今は遊んでやるが、ひとつやさしく頼むぜ?」

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