世知辛い異世界。

数多 玲

本編

「いや、そりゃ無理でしょうよ」


 話をしている相手は自称"この世界の神"という、見た目は美女といえる存在である。

 さらりと長い銀色の髪に映える透明感あふれる端整な顔立ちと、それに劣らぬ白く美しい肌を惜しげもなく露出した布のようなものに包まれたその身体は、こんな場所で出会わなければどれほど良かったであろうと思わずにはいられない。


「まあ、説明が不足していたのは否めんが。……それにしても死ぬのが早すぎじゃあるまいか」

「そんなこと言われても困る」


 そう、俺は今現世と異世界との狭間とやらにいる。

 現世ではどうやら事故に巻き込まれてしまったらしい。おぼろげな記憶では、幼なじみと高校に向かっている際に、歩道に突っ込んできたトラックに轢かれたというベタベタな展開だったようだ。

 幼なじみは俺の一瞬の判断で突き飛ばしたと思ったが、どうやら一緒に死んでしまったらしい、と自称神が言っている。

 結果、俺は異世界で目覚めた。

 そこまではいい。

 だが俺が目覚めた場所はよりによって、真っ黒い鎧をまとい、目測で2m以上はありそうな体躯をもつ屈強な騎士の目の前だった。

 そして俺はその騎士に侵入者と判断されてしまったらしく、ノータイムで1mはありそうなものすごい斧の一撃を食ってしまったのだ。


「それにしても一撃とは情けない」

「……いや、初見で何ができるかも分からん状態でいきなりあんなのの前に立たされたらそりゃフリーズするでしょうよ」


 確かに、と納得する自称神。


「では、2回目は?」


 2回目は、その騎士に殺されてからすぐの話だった。

 気づくと、何やら闘技場のようなところの真ん中におり、観客席にはたくさんの人が歓声を上げていた。

 またしても俺は何かを確認する暇すら与えられず、目の前のゲートが開くとそこには見たことのない大きさの熊のようなモンスターが現れたのだ。

 幸い今度の俺は剣と盾、鎧に身を包まれていたためなんとか戦えそうだと思い、覚悟を決めて剣を構えた。

 突進してくる熊のモンスターをギリギリでかわし、剣でダメージを与える。それを繰り返せば勝てるチャンスはきっとくると思って意を決したのだ。


「その熊のモンスターの色は?」

「濃い青色だった」


 ああ……と自称神はため息をつく。どうやらこのあとの展開に想像がついたらしい。

 突進に合わせて剣を振ろうとしたとたん、そいつは何やら上空に向かって鳴き声を発したんだ。

 そしたら、凄まじい威力の雷が闘技場に降り注いでだな。


 やはり、といった顔の自称神。

 ところであの雷は大丈夫だったのか。観客も含めて闘技場全体が阿鼻叫喚に陥った気がするが。

 ……といっても、一撃で意識が飛んだからそのあとのことは全く分からないけどな、と付け加える。


「闘技場は突然の雷で崩壊した」


 その闘技場の主催者はどうやってあんなヤツを捕まえてきたんだ……。


「知らん。……で、その次は?」


 3回目は、初めてパーティーの中にいた。相変わらず2回目に死んで間もなく目が覚めたらそこだったんだ。

 リーダーらしき男と、呪文使いらしい女と俺の3人だった。

 俺はごつい鎧に剣と盾を持っていたから、おそらく戦士らしい立ち位置だったんだろう。

 だが、そいつらと話すことはおろか、またもや何の確認もできずに戦闘に入った。

 相手は漆黒のローブを纏い、5つの魔石を体の周りに浮かべている魔道士のようなヤツだった。


「……ああ、そいつか。災難だな、しゃべる暇もなくそんな奴と相まみえるとは」

「知らん。転生させた奴の責任だ。……まさかお前じゃないだろうな」

「たぶん違う」

「歯切れが悪いな」


 だが、相手は1人でこっちは3人だ。今度こそはおそらく大丈夫だと思っていたんだが、その魔道士が呪文を唱えると、リーダーらしき奴が突然降ってきた大岩の下敷きになってだな。

 焦った味方の呪文使いが氷の魔法を連発するから、俺はそれをぬって剣で攻撃を浴びせたのさ。

 そしたら、相手の体に当たるより先に剣も氷も溶けてだな。


「……なぜお前はそこまで運がないんだ」

「知らんわ」

「で、どうなったんだ」

「そのまま相手の炎の呪文で俺も呪文使いも焼かれた、というわけだ」


 ため息をつく自称神。


「……で、その3つのケースのどれだったら次やったときに行けそうだ?」

「どういうことだ?」

「今からお前に戦い方を教える。というか、その3つのケースはお前にとってのチュートリアルみたいなもんなんだ。それがクリアできんのならば話にならん」

「なんでチュートリアルがそんな鬼のような難易度なんだ」

「知らん。確かに中には難しいものが混じっているという話だが、チュートリアルがひとつもクリアできんなどという話は聞いたことがない」

「設定が破綻しているだろうが」

「……まあ、聞いてみればトップクラスに難しいものばかり集まっている気がするが、1人につきチュートリアルは3種類しか割り当てられんのでな。内容を変更することはできん。それにお前と同じタイミングで来た女はあっさりクリアして先に進んだぞ」


 ……マジか。もう異世界はやりたくないと思っていたんだが。

 アイツに会える可能性はあるのか。


「可能性はあるが、まずチュートリアルをクリアせんことには話にならん」

「何か使えそうなスキルみたいなものはないのか」

「そうだな……」

「もし役に立つスキルを2つ3つ付与してくれるなら、相手の出方はある程度分かったからなんとかなるケースがあるかもしれん」


 チュートリアルが凶悪だったせいで自称神から付与できるスキルを選ばせてもらった俺は、後にこの異世界で名を馳せる存在となり、勇者として君臨している幼なじみとなぜか戦う羽目になるのだが、それはまた別の機会に語ろうと思う。


(おわり)

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