第2話 ナナ・ハーンにて(2)

ナナ・ハーンには宿泊施設がなく、

レオルの交渉で漁師の所有する空き家を

使わせてもらうことができた。


2人は到着した後辺りの地形を観察し、

夕方にはその空き家で夕食を取った。


ラビが言うには刺客が来るのに3日ほど

掛かるだろうということだった。


「昨日ラジオが発信された。

それを受けて向こうも会議をし、動き

ここへ来るのは明後日になるだろう。」


「そんなにはっきり分かるのかい?」


「向こうは私が自ら動くとは思っていなかった

だろう。だから警戒する。

三男はそんなこと気にしないだろうが

長男はそう簡単にはいかないだろうな。」


「その「息子達」がイーダの仇を取りに来るのは

確実なのかい?」


「三男は確実に来る。長男は……

奴が来るとしたら仇討ちだけではないかもれん。」


「何か狙いがあると?」


「奴らにとってイーダの死が知られるのも

それが私の仕業だとバレることも都合が悪い。」

その情報を隠そうとするだろう。」



「なあ、ラビ……

向こうの事情は少し分かったけれど、

君は、君は本当のところ何を望んでいるんだ?

本当にその息子達を相手するのはジルのために

だけなのか……」


「さあな。」


「さあなって………」


「私にもよく分からない。

元々私が始めたことの落とし前でもあるし、

今更になって体制派を潰したいと思っているのかもれない………」


「それはこの国の未来を思ってのことなんじゃ

ないのか?」


「この国の未来など興味ない。」


「じゃあなぜ体制派を潰そうと思うんだよ?」


「イーダの息子がイーダの意思を引き継ごうと

しているのならば………

それはもしかしたらイーダが生きているより

厄介なことになるかもしれない。

そうなるとやはり私が引き金を引いたことに

なる。そなままにはしておけない。」


「なんだよ、結局はそれがひいては国のために

なるじゃないか。

やっぱりラビはいい奴だよ、

人を思って動けるなんて。

ならなぜ………」


『死神なんてしてたんだよ』

とレオルは言いたくなり、ぐっと堪える。


たくさんの事情があったであろうことは

間違いないのに、それでもその道を選ばなければ

きっとジルが思っているように

ラビはとてもいい奴で分かり合えたんじゃないか

と思わずにはいられなかった。


「お前は何が知りたい?」


「え、唐突に何だよ?」


「何か知りたくて私に付いてきたんだろう?」


「何が知りたいかと言われても……」


知りたいといえば、全部知りたくもあり、

そしてそれは不可能であることも分かり切っていた。


「何だ、私の監視と言いながら、宿や食事の

世話をしたり、本当はそんな事をする為じゃなくて別の目的があったんじゃないのか?

それともただ私と息子達との決着に興味が

あっただけか?」


「い、いや、そうじゃない、そうじゃなくて……」


レオルは慌てて修整しようとした。


「そうじゃなくて、ただ、俺はラビに死んで

ほしくなかったから……

なんかこのまま放っておいたらダメだって

そう思ったから……だから……」


本当は『何か力になりたい』と言いたいのだが

果たして何の力になれるのか、糸口が掴めないまま

レオルはどうにか自分の気持ちを伝えようとした。


「私は死にそうか?」


「え、いや、決してそんなわけじゃないんだ。

ラビならきっと大丈夫だと思う。だけど……」


「鋭いな。」


「えっ!?」


「お前が察しがいいとは驚きだ。

そう、私はもう長くは生きないだろう。」


レオルは漠然とした予感を口にしただけだった。

そもそもレオルは予感など感じる方でも

信じる方でもなかったのに、ラビの言葉は

余りに衝撃だった。


「嘘だろう?」


嘘だと言ってほしい。

そう願いを込めて思いを伝えた。


「私の右腕にツリースパイダーの毒が残っている

今はまだ僅かな痺れだが、そのうち動かなく

なるだろう。それは私にとってとても致命的な

ことだ。」


「そんな!ならそんな腕で戦おうとするなよ!」


「アレを殺れるのは私が適任だ。

もし長男・オックに政治力があったら厄介だ

だから殺れるうちに殺る。」


「だからってラビが命を張ることないだろ!?」


「『梟』と『蠍』では奴らを殺れない。

その内向こうから来るだろうと野放しにしていた

私の怠慢でもある。

己の感情より、この国の実権を取ったということは

、アイツは思ってるよりイーダに心を支配されて

いなかったということ、そして権力欲がある。

イーダほど自制心がなかった場合、とてつもなく

残忍な支配者が誕生するぞ。」


「そ、そんな………」


「体制派が中々潰れないことに奴の執念を感じる。だが同時に反体制派にも強い意思があるだろう、

私はそちら側の背を少し後押ししてやるだけだ。

お前も手伝え。」


「え、俺が……?」


「そうだ。結果的にお前はこれを見届ける羽目に

なってしまった。

勝手に付いてきたのだからそのお節介ついでに

見届け人になってしまった責を負ってもらう。」


「……俺に戦えることがあれば何でもする!」


するとラビはとても呆れたようにレオルを見た。


「な、何だよ……?」


「お前では何もできない。

仕込まれていない者が情報部の人間とやり合う

ことはできない。」


「俺が役立たずだってのかよ。」


「そうではない。片方を有利にするために

片方には大切な情報を与えない。

支配する側としてはごく当たり前のやり方だが

それを知らないものは知らないままだ。」


「船長を救出する時にもそんなことを

言っていたな………」


「お前が優秀ではないということではない、

むしろお前なら情報部でも案外やれただろう

だがそれと引き換えに失うものも大きい。」


ラビはレオルを見る。

似ているとは言えないが、なぜかバタフライの

ことを思い出した。


『レオルはバタフライよりさらに人がいい。

だが強い芯がある。壊れるかは分からないな。』


「俺にできることはないのか………」


「いや、お前にしか頼めないことがある、

しっかり動いてもらうぞ。」


そしてレオルはラビの考えを聞いた。

それはレオルにとってとても辛い内容であった。

だが彼女の決意は固い。


その固い決意を尊重するために

嫌だと思う未来も受け止めねばならない……


レオルは諦めたくなかった。

僅かでも未来が変えられるなら、

何かできないだろうか。


『ラビ、何もお前が全てを負わなくていいだろ。』


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