出題「消えた腕時計」
風薫る秋、小説家の
浮世離れをコンセプトにしているその旅館の館内にはテレビは愚か時計すらも設置されておらず、高性能な電子機器に頼りきった生活を送っている現代人にとってはある種の異世界であった。
樹一はその異世界感が好きで、過去幾度となくこの旅館に宿泊してきた。
「ふう、
風呂上がりの樹一は窓際に立ち、月明かりに照らされてぼんやりと映し出された自然の夜景を見ながらポツリと呟いた。すると突然、壁を隔てた隣の部屋から叫び声にも似た声が響いてきた。
「なあああああい!ないないない!
声から判断すると隣人は男で、どうやら高価な腕時計を
樹一はその声に事件の気配を感じ、壁の向こうの声を聞くともなく聞いていると男が内線で
男の連絡から程無くして樹一の耳に聞き覚えのある女の声が聞こえた。
「失礼致します、お客様。
それは御得意様の樹一にとって知らない仲ではない若女将の声だった。
物腰の低い若女将の応対に内線を入れる前までは興奮していた様子の男は少し冷静さを取り戻したのか、声を荒らげることなく若女将へ経緯を説明した。
男の名は榊。
榊の説明及び状況を纏めると───
失くした腕時計はスイスの一流メーカーの製品で日本国内では一般流通していない現地の限定モデルで、買うと数百万円から一千万円は下らない高級品らしい。尚、榊の入館時に受付を担当していた従業員によって榊が腕時計を持ち込んだ事が確認されている。
この日の午後五時過ぎに入館した榊は午後六時半頃に借りている部屋ではなく食堂で夕食を済ませると部屋に戻り、午後八時半過ぎにその腕時計を部屋に設置されている金庫の中に入れて大浴場に向かった。そして、午後九時半過ぎに入浴を終えた榊が部屋に戻って金庫を開けたところ、仕舞っていた筈の腕時計が金庫から消えていたのだという。
榊の部屋を含め、各部屋に設置されている金庫の鍵は腕時計の様に手首に装着する事が可能であり、当該の時間帯には榊の腕に鍵が巻かれているのを入浴時間が重なった樹一及び他の客数人が確認している。また、各部屋の金庫の鍵には
尚、腕時計が消えた前後、館外へ出た客及び従業員はなく、第三者の出入りも確認されていないため、榊の腕時計とそれを消した当事者は館内に残っていると思われる。
「───という事です。先生、何かわかります?幸い榊さんは腕時計が戻ってくれば警察沙汰にはしなくてもいいと言っておりますが、状況から判断してこれは窃盗事件ですし、当館としては直ぐに通報するべきですよね?」
榊との話し合いが終わり、腕時計が消えた件についての対応を決めるとして十分ほどの猶予を貰った若女将の笹津はその間に樹一へ相談しに来ていた。
「若女将、先生は止めてください。確かに通報するべきではありますが、その前になぜ俺のところに来たのかをお訊きしたいです」
「せ……樹一さんなら解決してくれるかと思いまして」
樹一の問いに笹津はあっけらかんとして答えた。
「俺は探偵ではありませんが?……解決、出来ない事もなさそうですけど」
「ええっ!?もう何かわかっているのですか!?」
笹津は興奮気味に言った。
「さて、どうでしょう。……ところで、お隣の榊さんの
「ええ。具体的にいつ消えたのかはまだわかりませんが、入浴を終えて午後九時半過ぎに部屋に戻って金庫を確認したところ、
「そうですか。それでは若女将、警察に通報する際にはこう伝えてください。当館に詐欺師が現れました、とね」
【問】
樹一言った「詐欺師」とは榊の事だが、その理由と証拠は?
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