麗しきモデル様と新米編集者

戸森

第1話 ルイ・ カルサワ

パリコレ進出大注目の日本人モデル、

ルイ・カルサワ。

フランスの大女優、フェルデ・リオンと、

世界的デザイナー、軽澤条の息子。

あまりにも美しい美貌が、ファッション雑誌で話題になり、鮮烈なデビューが決まったのが3年前。

瞬く間に世界のファッションシーンに戦慄を巻き起こして、VENIという男性ファッションブランドの専属モデルに抜擢された。

パリコレのランウェイで、凛とした美しさと、しなやかで重みのあるウォーキングをする彼に、誰もが目を離せない。

日本人らしい青みがかった黒髪に、母親譲りの珍しい紫の瞳。

整った骨格、透き通るような肌に、

がっしりしていながら細い線を思わせる繊細なボディライン。

キャメルのコートをなびかせ、冬の装いに身を包む彼を眺めていると、街の景色が見えてくるようだ。

ルイ・カルサワ、今後も彼の活躍に注目したい。彼はこれから日本のモデル業界を牽引する存在になってくれるだろうから。  


ここまで読んで、新米編集者竹石明はため息をついた。

「はぁー。やっぱりすごい人なんですね、ルイ・カルサワって人は。」 

「凄いに決まってるじゃない。」

後ろを通る先輩編集者に窘められるように呆れられる。

「ここでそんな程度の認識なの、あなただけよ。」

「す、すみません」

たまにTVで大々的に取り上げられる、

ルイ・カルサワという人物。

母の女優の顔も見たことはあるし、父親もここに配属されてから幾度となく見てきた。

父も母も美男美女といった顔で、

TVでたまに出てくる息子のルイ・カルサワも、惚れ惚れする美しさだった。

ネットで検索しようとすれば、 

「ルイ・カルサワ 写真」

「ルイ・カルサワ パリコレ ランウェイ」といったワードが、急上昇に上がっている。

ただ、私自身ファッションというものにあまり興味がないどころか、ブランド名自体よく知らない。ましてやパリコレなんて以ての外で。

「話題の美しいモデル」その程度の認識にしか落ち着かなかった。

「なんであなたみたいなお子様が、このRIZELにはい属されたのかしら。」

ため息交じりに先輩が言う。


公文社のRIZELは、日本有数のファッション雑誌だ。六本木に会社を構える公文社の花形部署。流行の移ろいの激しさと同じく、この部の人間も、潔い殺伐さがあった。


先輩は、赤みがかった茶色の髪をオイルで纏めて、バッチリしたメイクと垢抜けた服装をしていた。出来るキャリアウーマンオーラ。ここにはそんな目も眩むような人間が周りにいっぱいいる。

正直気後れがすごい。が仕方ない。

「仕方無いですよ。書類整理や、支出管理といった雑用をする事務が圧倒的に足りないんですから。たまたま私が内定貰っちゃったんですもん。」

「口答えしないで。せめて、そのもさいコートと、おばさんみたいなスカートは二度と履いてこないで。」

「えっ、服なくなる。」

「ファッション誌に属してる人間として、立場を弁えてって言ってるの。あなたの服装のせいで、RIZELが安く見られたらどうするわけ?」

「わ、分かりました。」 

キっと睨まれて、思わず身が竦む。

だけど、自分の役割を果たすだけだ。

本当は文芸部署に入りたかったのだが、雑誌に携われているだけで有り難い。

事務の経験は一通りあるし、自信もあった。だからこの仕事は嫌いじゃない。ただ、服装が難点になるとは予想していなかったが。

(明日は、パンツを履いてこよう)


RIZELの部署内はいつも慌ただしいが、今日は一段とだった。

理由は、今月の28日、今秋のニューヨークランウェイに出演するルイ・カルサワの独占取材が決まったからだった。

誰が取材メンバーに選ばれるか、それで、皆ざわついていた。

RIZELの編集長は、ファーやら、ヒールを華麗に着こなす迫力ある人だ。

今日は花柄のシックなワンピースに、大粒の真珠のネックレスをしていた。

その編集長が、会議室に、班長達を集めて今月号の打ち合わせをしていた。

皆気になっているようだった。


私は毎度のことながら、我関せずで自分の仕事を進めていた。

自分の仕事と直接関係するわけではないので、その点において気は楽だ。


会議が終わり、副編集長が、決まったことを皆に伝える。

ホワイトボードの前、様々なことが書き加えられる。


集まった編集者たちは、次の項目を固唾をのんで見守る。


「ルイ・カルサワの取材メンバーは、

私新藤要と、吉澤玲、そして、竹石明の3名で赴くことになった。吉澤と竹石、追って連絡するが、準備をしておくように。」


は!?何で!? 

「えっ、私ですか!?」副編集長新藤さんに発表されたとき、思わず声が出ていた。

周りの編集者達の視線が痛い。

「ええ。何か異存が?」

落ち着いた冷ややかな声が、私を刺す。

編集長だ。

「…(怖い)」

「いえ。異存があるわけではないのですが、私は経験も浅く、何より担当が事務ですから、!」しどろもどろになりながら答えると、


他の編集者から、

「たしかにそうです。ルイ・カルサワ氏の取材メンバーには万全を期した方が良いと思います。カルサワ氏の目に映って不快な思いにさせてしまったらどうするんですか!」

「服装に気を使わない新人を見られたらRIZELの印象に傷が付きます。」


(本当のことだけど、好き勝手言いやがって。少し悔しい。)

「確かに。一利あるわね。」

当然のことのように頷いて、編集長は言った。

「明石。あなた、そのファッション、いや全部を、ルイ・カルサワの取材当日までになんとかしなさい。」

"全部"の部分を、私の全てを手で表して、

また当然のことのように、編集長が言い放った。 

どうにか同行メンバーを私から外して欲しかった編集者は、がっくりと肩を落とした。

同じ気持ちなのは、私も同じだよ。


あぁ、これからどうしようか。


ていうか、なんで私!?


_________________________________

新藤要 副編集長 吉澤玲 出来る同僚

竹石明 主人公

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