桜舞う国 海の見える街

金星タヌキ

第1話 神聖宮 東苑



 銀の鏡面。

 凪いだ海面を 滑るように飛ぶ 1羽の燕。

 その目指す先には 三重の城壁に囲まれた巨大な都市エルディアナ

  


 千年の都。

 世界の中心。

 金剛石の都市アダマース

 リンディア海の宝石。

 

 神々と皇帝の住まいしところ

 世界の富の過半があるとうたわれた 帝国の首都カピトゥ・ムンディ エルディアナ。


 千四百年の昔 神君ホーマースが 都と定めて以来 幾多いくたの謀略や裏切りによって あるじが入替わったことは 数あれど 正面切っての攻撃に対しては ただの一度も 屈したことの無い 難攻不落の城壁インヴァルナラブル

 その東側 最外郭の大城壁に 巨大な穴が開き 東世界では最大最強を誇った中郭の城壁も崩れが目立ち 大穴が何ヵ所も 無残な姿を晒している。


 

 その大穴の1つをくぐり抜け 燕は西からの陽光を受け燦然と白く輝く雪花石膏アタバスタの神聖宮を目指す。

 

 

 日は 西の空に傾き始めては いるものの 日没までは あと2刻ほどある。

 中郭が 破られるのも 時間の問題といった様相。


 

 中郭が破られれば 最後に残されるのは 神聖宮を囲む優美な城壁のみ。

 燕は 白亜の城壁の東側 木立の見える庭園へと その身を翻しながら 飛び込んでいく。 



 

 神聖歴 千四百五十三年 春。

 神聖ネイマール帝国の 最期の時が 刻一刻と迫っていた。


 

 

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 破城槌の立てる轟音。 

 わずかに残った親衛騎士カタフラクト達の怒声。

 レムリア兵達が あげる突喚とっかんの雄叫び。

 

 戦場の騒音が ここ 神聖宮の東苑とうえんまで 風に乗り運ばれて来る。


 既に伝説·歴史上の人物となった巨匠達の手による白亜の神像·皇帝像が壁龕へきがんを飾り 数ヶ月に及ぶ籠城戦で 手入れをおこたられているとはいえ それでもなお 香気こうきを放つ 数多あまたの花々。

 

 三方を海に囲まれたエルディアナに 太古から息づく蒼紫そうしのユーリーン。

 東方文化のすいと洗練を伝える絢爛豪華けんらんごうか黄金色こがねいろのネルフィム。

 そして 西方から持ち込まれ 貴族達を熱狂させた 深紅のカルナセシル。


 狂帝ヨトゥン三世の暗殺。

 若き日の大帝ゼフォンと のちの后妃シャスティアの純愛。

 聖皇女ティティリナと元老院議員セナートケルヴィム卿との悲恋。


 幾多いくたの物語の舞台となってきた 皇宮の御苑ぎょえん

 大理石の柱頭に留まる燕の下を 完全武装の騎士が2人駆ける。


 ……いや。

 正騎士カタフラクトでは ないのか?

 柱頭の燕が いぶかるように首をかしげげる


 先を行く 黒髪を高く1つに括った女性は 帝国騎士の標準装備である板金の全身鎧フルプレートではなく 黒色の金属の小札こざね緋色ひいろ組紐くみひもおどした異国風の鎧。

 腰にく剣も わずかに湾曲した片刃刀。

 朱色の梨地に輝く美しいさやに納められている。

 〈カタナ〉と呼ばれるその剣は ユーフォリア海の遥か西方に浮かぶ島国マツトキの武具。


 半歩遅れて 駆ける紅栗色マルーン肩短髪ボブヘアの女性も 胴部分こそ板金ブレスト・プレートに 左腕も大型の金属籠手ガントレットで固めているが 右腕や脚部は 硬革中心の準軽装。

 自分の戦闘スタイルに合わせた 実戦的な武装。

 背中に担いだ片手半剣バスタードつかに粗布を巻き付けた傭兵風の出で立ち。

 だが 右肩当ての記章には 剣柏けんがしわ付きの盾に帆船の紋章。

  


「ここを抜ければ 西の練武場へ出られる…。そこから 西の軍港までの 障壁付きの隠し通路がある」



 黒髪の女性が 油断なく辺りを警戒しながら 囁く。

 


「敵の攻撃は 東側が中心…。銀鷲湾アクイラは まだ こっちが押さえてるハズ。ウチの《四つ葉の翡翠号ジェイド・クローバー》が粘ってくれてる。そこまで抜ければ…… 」



 紅栗色マルーンnが 背後を警戒しながら 頷く。

  


「そうだ。君命は『エリスを船まで送り届けること』。最後の君命だ。我が命に代えても果たす」


「あたしも 最後の依頼 受けてるから。『ユイハを国へ』ってね。預かった荷物に傷1つ付いても オリゾンテ商会の名折れ。アンタにゃ 指一本触れさせないよ。それが 仕事ってもんだから」



 2人は目配せをすると 西練武場へと続く回廊の扉を蹴り開ける。

 西側の隔壁が破られていないというのは あくまでも 退避を決意した時点での情報に基づく判断。

 戦局は 濁流のような勢いで変化し続けている。

 西側が安全だというのは 希望的観測に過ぎないのだ。

 その事も 十分に解っている2人。

 だが 前を向いて 回廊を駆ける。

 

 

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