【異世界復讐物語】生まれ変わっても許さない

永久保セツナ

第1話 炎に抱かれて

「アイツは俺がこうして君を抱いてる間にも今頃、汗水垂らして必死に働いてるんだろうな。ホント馬鹿な女だよ」


 自宅のベッドの中で、男は浮気相手を抱き寄せて妻を嘲笑あざわらっていた。


「そんなこと言ったら可哀想かわいそうですよぉ。でも、自分のブランド品が売られてるのにも気付かないなんて、奥さんずいぶんお仕事が好きなのね」


 浮気相手の女は妻を表向きかばっているような言葉を吐くが、その邪悪な笑みはやはり妻を擁護ようごしているようには見えない。夫を奪った優越感を味わっているのが見て取れた。


「ハハッ、花蓮かれんちゃんは優しいなあ。とおるのやつ、家事するしか能がないからさ、パートでもしろって俺が働かせてやったんだよ。少しでも俺のふところにカネを入れてもらわないとな」


「そのお金でプレゼントを買ってもらうのはなんだか申し訳ないけど、花蓮嬉しい! るいさん、アタシ今度は新作のネックレスが欲しいなぁ」


「ああ、いいよ。また嫁をこき使って働きアリみたいに必死にカネを運んできてもらわないとな」


 ベッドの中でイチャイチャしながら「透」と呼ばれた妻をないがしろにする夫とその浮気相手。

 その「透」は寝室の外の廊下で拳を震わせながら立ち尽くしていた。

 キュッと震える唇を噛み締めて、彼女は廊下の床に置いていたポリタンクを手に取り、寝室のドアを蹴り開ける。


「ゲッ!? と、透!?」


 ベッドの中から頓狂とんきょうな声をあげて目をむく夫の類。

 浮気相手の花蓮は胸まで毛布をたくしあげて体を隠したまま、怯えたようにすくんでいた。

 彼女が怯えるのも当然で、透は目を真っ赤にしながら般若はんにゃのように恐ろしい形相で夫をにらみつけているのだ。


「聞いたわよ……聞いたわよ! よくも今まで私をコケにしてくれたものね!」


 透は鬼を連想させるような険しい表情をしながら、涙を流している。


「な、なんだよ、お前、まだ仕事に行ってないのかよ」


 一方の類は、妻が浮気現場に押し入ったという状況に混乱しているのか、的はずれな返答で、さらに透の怒りをあおってしまった。


「許さない……アンタもそこの女も、みんな道連れにしてやる!」


 透はポリタンクを逆さにして、床に液体をぶちまけた。

 その液体は強い匂いを発している。


「これは、ま、まさかガソリンか!? やめろバカ! そんなことしたらお前も――」


「きゃああ、ちょっと、嘘でしょ――」


 類や花蓮の必死の叫びにも構わず、透はマッチの火を床に広がった液体に向けて落とした。

 炎は床を舐め、ベッドに、次にはその場にいた人間に燃え移り、やがて一軒家いっけんやをまるまるみ込んだ。

 逃げ出す間もなく、燃え盛る家の中で一人の男と二人の女が焼け死んだ。


 ――神様、私は地獄に落ちても構いません。この二人も道連れにできるのならば――。


 透は夫に裏切られた悲しみに、その身をがして涙を流しながら絶命したのである。


 ――しかし、その事件はこれから始まる復讐ふくしゅうの物語、その序章じょしょうに過ぎない。

 透はこのあと異世界で新たな生を受けることになるが、彼女にはまだ過酷かこくな運命が待ち構えている。

 読者の皆様におかれましては、彼女の本当の復讐劇を見守っていただければ幸いである。


〈続く〉

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