8-4.in the Dark
水中建築物、海中トンネルの一部であなたとサティ、メシエは寛いでいます。
『この辺りは極わずかに影響受けてるね。周期は不定期、強度は最低値だけど精密機器類は難しいね』
『具体的に何が使えませんか』
『重力発生装置はダメかな、あとは光加速装置とか』
『大気圏内で使うことを想定していないものですね。大丈夫では?』
『できるだけ単純なものを利用しているからね。生命維持装置は問題なく動いてるよ』
ガラスの天井からつる吊るされたランプのようなものの下、あなたは二人の会話を心ここにあらずといった状態で聞いています。リクライニングする椅子を倒し天井のガラスから見える深海を見上げますがガラス越しは星を全て潰したかのように真っ黒なものでした。
あなたの膝の上ではマカミが大人しく丸まっていますが尻尾は垂れ下り何処か心配そうにあなたを見上げています。
『……えーっと、透過合金は偏光作用があるから外に光が漏れないようになってるよ?』
『ふむ。明かりに寄ってくる水中生物がいるからですか』
『それもあるんだけどね。えっと、リスナーさん?』
おん、と気の無い返事を返すあなた。
あなたの頭の中では何かを思い出そうとしています。何かしらの記憶であるのは理解していますが、それはとても重要なことでありながら、すぐに捨ててしまいたくなるような、それでいて忘れてはならないような重要な記憶であるとあなたの知らないあなたが主張しているような不思議な状態です。
『……ふむ。貴様、私たちがすべきことを考えなさい』
『メシエ?』
猫羊を膝に乗せたメシエが久方ぶりに強い口調であなたに指図します。
あなたには出来ませんが、水族館のような場所でやることと言えばイルカショーを見ることでしょうか。
しかしそもそもあなたに水族館に行った記憶などありません。あくまで映像で知っているだけです。
であればスキューバダイビングによる水中遊泳でしょうか。それもそういうものがあるという事を知っているだけです。そもそも建物内とはいえ既に水中です。ここで何かすることで水中〇〇といったように何かしらのネタにはなるでしょう。
現状で水の中で何かをするという事が憚られる以上、水の中から水底を眺めながらできることであるべきだと考えなおします。
ここであなたが健全な青少年であることが証明される発言をしてしまいました。
水族館デートっぽい映像、とか?
所謂彼女風の映像です。何も考えず言ってしまいましたが、これはどうなんだとあなたは思い直します。そもそも彼女たちの良さはそういうところではない気がする、と。
なんなら声だけでいい、ただしASMRとか環境音とかとにかく質にこだわって。いや、何を言っているんだ。あなたは混乱しながらもしかしそれを意に介さない女傑がここにいます。
『いいでしょう。貴様の企画を行いましょう』
猫羊を抱えたまま立ち上がりこちらを見下ろす、いえほとんど平行くらいの視線の高さですがメシエはしっかりとあなたと視線を合わせて宣言します。
どこか自信満々なメシエとそんな彼女風動画の撮影を決行することになりました。
『海底というのも趣があっていいですね。宇宙とはまた違った静けさがあります』
『……ふふ、私の髪も大概奇抜ですが、私にお世辞を言うなんて貴様も大概ですね』
『そう、ですか。仕方ありません、素直に受け取っておくことにしましょうか』
『貴様も私の元に来てからそれなりの期間になりました。ええ、最初とは比べ物にならないくらいです』
『私のために? 当然です、私は艦隊司令官、全ての部下の命運を預かっているのですから』
『……そうですか。貴様の懸念は理解しました。ええ、十分に』
『……別に私だって好きで小さい訳じゃ……いいえ、何でもありません』
『ふふ、いい心がけです。これからはそうやって私を敬いなさい』
『あ、こら、てとてと。暴れてはいけません』
『ふふふ、頑張ってね、お兄ちゃん』
『これで終わりですか? わかりました。ほら、おいでなさい、てとてと』
リテイク回数は30を超えた映像です。あなたは途中から何を撮影しているのかわからなくなりつつも、メシエの
正直この手の映像を侮っていた。あなたは反省しています。あなたはどうもこの手の映像の良さというものを理解できていませんでしたが、部下に連れられて休暇で訪れた水族館風のストーリーやセリフを考えるのも難易度が高く、またメシエらしさというものを考えて言葉や仕草を指定するのも大変でした。
撮影後のメシエは猫羊のもふもふを楽しんでいます。このシーンもおまけに追加してしまおう。
そうしてあなたはメシエのもふもふ狂を全ての部下たちにリークすることになるのでした。
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