6-3.ポイント



『じゃあそろそろ行こっか』

『東に向かっていましたね。まずは上ですか』

『えーっとね、そこでなんだけど……』


 ちらりとこちらを見るサティにあなたはほんの少しだけ嫌な予感を感じます。彼女はこういった勿体ぶった態度をとることは非常に少ないのですが、そうこれは以前車を運転した時のサティと同じような空気感をあなたは察知しました。


 そんなあなたの懸念をよそにサティはおもむろにフレームを取り出し、車輪のようなものを取り付けそして最後に男の浪漫を取り付けました。

 それは正面から見ればドリルの付いたロケットに、全方向に向いた6つのタイヤ二組を取り付けたドリル車といえるような、もっと言えばシールドマシンに筒型の車体をくっつけたような見た目になっていました。

 シールドマシンのような掘削するという手堅い形ではなく、何かを貫き穿ち抜くという明確な殺意すら感じる切っ先の鋭いドリルはいっそ武器といっていいかもしれません。

 そしてそのドリルはあなたが憧れるドリルという武器を体現したような浪漫にあふれるものです。


『これでそのまま東に行こっかなって』

『……運転は貴様がしなさい』

『はい! 私が運転したいです!』

『却下です。あなたはナビゲーターです』

『えー? 私ならどっちも出来るよ?』

『性能試験もですか』

『それはもちろん……あ』

『今すぐ性能試験をしてきなさい』


 さすがメシエ嬢。スピード狂を制止したことであなたの安全は確保されました。

 そもそもの話ですが、あなたは地上にある拠点をどうするのか、そもそもこの空洞のような空間で穴をあけても大丈夫なのかと心配してしまいます。


『問題ありません。自動運転機能があります』


 すげえ。思わず唸ってしまったあなたでしたがそんなことが気にならないくらいに素晴らしい仕事をメシエはしていました。これはもうメシエ様と呼ぶしかないのでは。あなたは思いました。


 拠点は?


『問題ありません。車両が回収します』


 しゅげえ。思わず噛んでしまったあなたでしたがそんなことが気にならない程面白い機能をメシエは備え付けていたようです。これはメシエ博士というしかありません。彼女には是非とも眼鏡を、可能ならばモノクルを装備してもらいたいとあなたは思います。もちろん思うだけです。彼女の返答は予想できています。きっと塩対応です。


 大地をゴリゴリと削って走る振動を感じながらサティは掘削車で走り回っているようですが、時折起きる崩落の前兆を思わす地鳴りにあなたは戦々恐々としていますがメシエ博士は空を見上げています。何かを考えているのかそれともなかなか試験走行から帰ってこないサティに対していら立ちを募らせているのかわかりません。表情からはいら立ちとは程遠い無表情ですが彼女はどんな表情を浮かべていても何を考えているのかあなたにはわからないので結局何もわかりません。

 ふと彼女の腕組みクワイエットのポーズを見て、そう言えばメシエはサティのように着替えたりはしないのだなと思いつきます。とはいえ彼女自身とてもストイック、もといきちんとした人ですから身だしなみの一環としてお着替えは出来るはず。

 あなたは何の気も無しに聞いてみます。


 土っぽいけど汚してないか?


『ん? ええ、まあこのくらいであれば許容範囲内です』


 着替えとか持って無いの?

 あなたはついにストレートに聞くことにしたようです。流れとしてはおかしくありませんが期待しているのがあなたのトントンと腕を叩く指先からわかります。


『サティが持っています』


 そうきたかー。あなたはつい天を仰ぎます。視界も見通しもお先真っ暗なあなたですがそこはそれ、あなたは新たな企画を思いつきます。

 丁度そのタイミングで地面からもりっとせり上ってきたドリルとどかんと着地するドリル採掘車。ガチャリと外れるドアロックにぷしゅーという排気音の後、上部がわずかに浮きスライドしてそこからにゅっとサティが現れました。


『……大丈夫そうだし、出発しようか』


 どうしたことでしょう。彼女のテンションがあからさまにだだ下がっています。


『なるほど。思ったような爽快感は得られなかったと』

『外の景色が見えるっていうのは素晴らしい事だったんだね。土の中を掘るだけじゃあ楽しくなかったよ……』


 それはそうだろうなとあなたは思います。

 五月蝿いほどに車体や耳を叩く風の感触、高速で視界を流れる景色、空気を貪り蒸けあがるエンジンの音のすべてがドライバーの興奮を生み、左右の腕を通して車体を動かす感覚がドライバーの快感を生み出すのです。

 原付免許しか持っていないあなたでもそれくらいは知っています。ですのでここは自分が彼女の感じた苦労を背負うのだと使命感を抱いてドリル掘削車に乗り込みました。


 それはそれとして、ナビゲート画面に従ってドリルで道なき道を切り拓く快感を知ってしまったあなたは二人に疑問顔を浮かべられるのでした。


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