2-X.コミュニケーション
北西のグラウンドゼロと海を隔てた先にある白い砂原は機械生命体文明時代の輸送路である地下通路によって繋がっている、という事は知っている。
現状使えるものでもないし地下通路そのものや内部は測定済み。そもそも海を渡るだけなら通路を選ぶ必要は無い。
かといって調査飛行であれば軌道上にいる本体の観測とさほど変わらない。せいぜいが観測精度を挙げるためのものだがそもそもこの地上調査は目的が違う。
私の趣味でもあるがこの地上調査は他の多くの太陽系外の銀河系にある惑星や宙域に滞在している機械生命体群から認可を受けたものでもある。
まあそんなことはどうでもいい。今は機械生命体の文明には存在しなかったコミュニケーションが私を待っている。
彼は毎分私に違った表情を見せる。
私が配信者としての動きを真似ていたことのいくつかに反応を見せてくれるので、その行動の意味を見出すことが出来るのだ。
何故同じ意味の文言を違った言語で示しているのか。種が違うのはわかる。文化圏の違いから言語や文化が違うというのは資料から理解出来た。であるなら共通言語となる言語があると思ったのだが。
それとデザインが違う同じ文字というのも不思議だ。ある程度の共通点はあるとはいえ同じ文字とは思えないようなものもある。
そもそもこのトンネルは明らかに機械生命体文明であるはずなのに、時折明らかに時代が合わないものが存在している。
この文字盤のようなものもそうだ。機械生命体とはある程度の規格が存在するとはいえ、決まった形というものは存在しない。私の本体のような全長数㎞を超えるものもあれば、ミクロの世界で活躍する機械生命体もいる。
はっきり言って文字というものが無くとも、情報の送受信が可能であれば意思確認はできるのだ。
文字が存在していた機械生命体文明は時代的に初期から中期にかけてのことになる。前時代の名残でもあり、初期に活躍していた機械生命体群が継承していたものでもある。
もしその時代の物であれば監査機クラスであれば知っているはずの知識だ。
だがそれがない。いや、今は出来ないというべきか。今は私の本体が抱えるデータベースに蓄積させておくべきだろう。アーカイブ類が保存してある秘密の記憶領域に大事に取っておくのだ。
彼とここに来てから最初に感じたことは見ているものの違いだ。単純に視覚といっていい。
私一人であれば必要ないが彼の視覚に合わせて調整したつもりなのだがどうも明るすぎたらしい。暗闇の中にいると精神に異常をきたすという謎のメカニズムはとても不思議なものだし、彼に預けた照明も大したものではないがとても満足そうだった。温度を感じるような光量でもないのに温かさを感じるというのは人間特有の機能だろう。
こんな時は自らの優秀なセンサーが時代遅れの型落ちのように思えてしまうのが不思議だ。
解析調査によるデータの情報だけでは得られないものがあるというのはわかっていた。それこそ先ほど撮影したムービーは一体何の意味があるのか、撮影しているときは何もわかっていなかった。
ただその映像を自分で見直してみると、まるで誰かと話をするサテライトという存在がいた。揺らめく明かりが私の表情を浮かび上がらせ、近くに配置したマイクが僅かな動きで生じた衣擦れの音も明確に拾い上げる。マイクの指向性を絞ったからか彼の声は不自然なほどに聞こえないが、画面の中にいるサテライトがこちらに向かっている誰かに語り掛けるように、まるでそこに生きている様に、確かな存在感を伴っていた。
ポッドの存在に一喜一憂していた彼とその場を後にしトンネル内を踏破していると、不意に彼が言語ではない音を発音し始めた。これは知識として知っている。音楽だ。
私たちに周波数の違う音波を組み合わせて曲とし、それを楽しむという文化は無かった。正確には新しいものを生み出すという考えが無かったのだ。
彼の問いにはやはり知らないと答える他ない。歌うという事の意味や発声の方法がわからないのだ。
そんな私に彼はこういう感じだと、やたら特徴的な発音で言葉を繰り出す。
音波の解析はアバターでも可能なので発声機能で正確に繰り返すが彼にはどうも違和感を感じるようで。
彼が先ほどとは違う
音を楽しむものらしいが私には言語の発生と何が違うのかわからなかった。手を打つ音、足音、指を弾く音。様々な音を組み合わせて一つの曲になった。
一方的だがこういったコミュニケーションの方法があるのか。
私が歌い出すと彼は先ほどと同じように私のカメラをむんずとつかみ取り私に向けていた。隣から。前から後ろから。マイクは、ああ首元に隠しておくのね。
そうしてできたアーカイブはサテライトが歩きながら周囲を回るカメラに目配せをしたりしながら歌う変わった映像だった。
でもそれがどこかおかしくもあり、楽しげでもあった。
コミュニケーションというのは意思の疎通だ。私たち機械生命体には何でもないことだが、人間という存在相手にはなかなか通じない。
必要最低限のやり取りで意志の疎通を図れればそれでいい。意識や意図を共有することで滞りなくやり取りを進める。それが機械生命体のコミュニケーションだ。
当然、人間のようなやり取りをする者もいたが、今の私から見ても思考回路が破綻しているとしか思えないような存在だった。
彼を見ていて思うのはそんな故障したものではなく、優先順位がめちゃくちゃで応答も冗長であり回りくどく感じることようなこともあるが、そのやり取りそのものに楽しみを見出すという点。
ブラックボックスでもあるココロというものがどういうものかというのを感じさせるやり取りだった。
人間の個性や感性の元になる正体不明の存在。それを調査するのも当然私の役割であり、私の欲の一つでもある。
ココロはどこにあるのだろう。それを探る機会が割とすぐに訪れた。
この埋もれてしまった地下から脱出する方法を彼に任せてみたら、ドリルという概念を教えられた。
性別による趣向の違いもあるのかと感心していたが、さっそくといった様子でポッドに乗り込み急かすので、そのまま彼との距離をゼロにして頭部を中心にじっくりと観察させてもらった。
本来は中心の仕切りに体を固定する部分があるのだが、そこはそれ。せっかくのチャンスなので別の方法でポッド内を安定化させて、生体スキャンをしながら経過を観察させてもらった。
本当に僅かな時間だが頭部、部位としては脳と呼ばれる場所から特殊な波形を観測できたし、有意義ではあったが残念ながらカメラは使えなかった。
彼が途中でカメラを使ってポッドの外に向けてしまったからだ。私の眼球部にあるのはセンサー類なので映像記録は毎回あのカメラに頼っていたのが仇となった。この狭い空間では量子化した物資を使った物質化の際にドリルロケットポッドに影響する可能性がある。
ああ、でも。楽しいというのはこういう事なんじゃないか。彼は周囲に広がる白い砂原とそれを巻き込んで出来た嵐に目を輝かせているが、私は眼前に広がる彼の表情に釘付けになった。
楽しいとは、笑顔とはきっと他に影響を及ぼすことのできる、優秀なコミュニケーション手段なのだろう。
楽しいを共有する。結果として生まれる笑顔のために。
配信者とは、そのためにあるのではないだろうか。
人のコミュニケーションとはこういった方法で図るのではないだろうか。
未だ人間擬きの私が配信者として学んだ印象深い出来事の一つとなった。
ちなみに。
当然だが着地は重力発生装置によって安全に直立状態で着地したことを報告しておきます。私としては彼に体を預ける時にかけていた荷重調整機能を別のリソースに振り分けられるのでそうしたまでなのだが、なにやら楽しそうだったので良しとします。
《サテライト。応答せよ》
《こちらサテライト。所属と
《こちら太陽系監査機ゴルゴーン。定期リンクを要求》
《了解。……少々お待ちを》
《……? サテライト、何かトラブルが発生したのか?》
《いいえ。情報の編纂遅れです。定期リンク開始》
《了解。定期リンク許可》
《送信完了》
《了解。受信完了》
太陽系内で地球を観察するサテライトと最も近い場所にいると言ってもいい機械生命体。それがゴルゴーンと呼ばれる監査機だった。
それは太陽系と呼ばれる星々の調査のまとめ役でもあり、他の星々でも調査を担当する機械生命体が存在したが、いつまでも飽きることなく地球を調査しているサテライト以外は既に銀河系の別の星々へ移動している。
ゴルゴーンはサテライトの調査自体は有意であるという判断からその調査を任せてはいるが、手段や方法には何も指示をしていない。それら機械生命体にとっては必要ないからだ。
ただし人間という種が長きにわたりこの星にあった事、一部の機械生命体もこの地球を出身としていることから調査自体が長期化していても誰にも、何ものにも文句や疑問は出ていない。
ゴルゴーンもサテライトも人間という種について関心を寄せており、なんならサテライトの調査結果に最も期待している一機といってもいい。
《では通信終》
《待て、サテライト》
《……何か》
この時サテライトは一筋の冷や汗を垂らしたと空目空耳ならぬ空感したと記録したことが後々分かっている。
《……今回の調査も奮励努力せよ》
《了解。通信終了》
どこか居心地の悪さを感じていたサテライトだったが、ゴルゴーンは明確にサテライトに違和感を感じていた。
先ほどリンクして共有した情報もそうだが、何かがおかしい。何というか、何処かこれまでの調査報告とは違う印象があるのだ。
何かしらを隠している。何のために。それが理解できないからこそゴルゴーンはサテライトを追及できなかった。
追及自体は出来る。とはいえ彼女の過去の調査回数や調査深度を考えればそういったことをする意味があるのかとも思う。
ふと、ゴルゴーンは気付いてしまった。
自らの機体は監査機であり調査機ではない。ただし、太陽系の調査機の挙げた情報をリンクし同時並行処理できるだけのスペックはある。
それと同時に自機をメンテナンスするためのアバター機能は当たり前のように揃っているのだ。
これはほんのいたずらでもあり、ゴルゴーンらしからぬ気の遣いようだった。いや、らしいと言えばらしいのか。
ほんの少しだけ助力しようかと、ゴルゴーンはその船の舳先を黒と白の星へと向けたのだった。
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