2-3.アシ



『あーやっぱりこうなってたかあ。戻って別の通路から行こっか』


 僅かにあなたの前を歩いていたサティは正面が塞がれているかもしれないと言ってそこまであなたを案内しました。そこにあったのはレールから外れ壁に突っ込んだ状態でその姿を残していたコンテナのようなものです。車輪のようなものがついているので辛うじて車両だと分かりますが、あなたの記憶には無いものです。

 まああなたの記憶や知識に無いだけで世界にはこういったものもあるのかもしれません。あなたは構わず車両の側面に回り込みました。


『見てみる? 中身は既に私が回収しちゃったけど』


 中には何が?


『何が? うーん。これ、輸送中の移動拠点だからポッド類が並んでるだけだよ?』


 あなたはサティの言葉にあった移動拠点という言葉にそこはかとないロマンを感じます。身近なところで言えばキャンピングカー。規模が大きくなってトレーラーとコンテナハウス。終末世界にありそうな大規模な移動都市。類義語は秘密基地。

 あなたが頭の中で寝台特急列車のようなものを描いているのを尻目に、サティが列車のドアを開けます。ぽんと触れると現れるコンソールを操作すると盛大に響く排気音。かたんと開く扉。スライドするのかと思えば引き倒すタイプ。更にそれが乗り込み口へのガイドとなっていることに、あなたのわくわくは止まりません。

 古臭いのか一周回って新しいのかわかりませんがとにかくよし。あなたは意気揚々と乗り込み、わずか1分ほどで退出することになりました。


『移動拠点だからね。機能維持用のポッドが並んでるだけだよぉ』


 あなたにとって人一人が丸々入るほどのサイズのポッドが並んでいるのはまだ理解できる範疇です。テイストが大分バイオなホラーに偏りますが無しではありません。しかしそれが本当に隙間なく並んでいる様子はあなたにとって予想外でした。

 これでは本当にただの輸送コンテナではないか。しかしこれはこれでボウリングのピンが密集しているようでボールを転がしてみたい誘惑にかられますが、ポッドに見合ったボールを転がせるわけもなく、またピンが倒れるようなスペースが確保されているわけでもないのであの派手なピンアクションが見られないであろうことにあなたは落胆してしまいます。


 車両から出てきたあなたにサティが感想を聞きますが、あなたはとあるイベントに参加するために利用した高速バスをイメージしながら答えました。遠足などの学校行事でもそうですが、目的地よりも移動するときの楽しみというのが遠出や旅行の醍醐味の一つでもあると。




 3つある地下通路の恐らく真ん中。その通路は先ほどよりも狭く、人が歩ける場所は確保されているものの視線を奪うのは周囲に張り巡らされているケーブルやダクト類でしょうか。

 いわく、この通路は保安用通路であり元々徒歩による移動を想定されたものである。サティはそんな解説を交えながら横目であなたを窺います。

 あなたは未だ少年と言える年代であることからこういった裏事情を覗くことが出来る場所には教育的な匂いを感じ取ってしまい淡泊な反応になってしまいます。

 しかし暗闇に包まれたトンネルを松明1本で進むという王道RPGゲームにありがちな光景は嫌いではありません。手に持っているものが松明でもなければ、サティが照らす明かりに負けていてその頼りない明るさの価値を正しく理解することが出来ていなくともです。

 

 とはいえこれはこれでアトラクションの通路のような印象もあります。

 音は響けど足音とサティとあなたの声くらいです。しかし音を発すればトンネルの奥深くにまで反響しています。


『封鎖されて長いけど、他のところと比べて状態が……え? 歌?』


 天然の音響施設にあなたはつい意味もなく声を響かせます。ここに線路はありませんが線路が続いていると歌うあなたのシュールさに、思わずサティも目を丸くしています。

 とはいえ歌ったのはずいぶん昔のことです。イントロとAメロまでしか覚えていない貴方はちらりとサティへと視線を滑らせます。


 配信者って歌ったりするけど、君は?


『え、と。知ってる歌が無い、かな』


 苦笑するサティ。なんということでしょう。あなたは彼女の触れてはいけない部分に触れてしまったのかもしれません。

 歌を知らない、という事があり得るのでしょうか。技術力がカンストしていて、歴史などにも詳しい。そんな彼女が歌を歌えない。


 あなたは直感しました。サティは音痴なのかもしれない。


 音痴というのはとても処理するのが難しい問題です。ただの音痴も運動全般が苦手な運動音痴も、傍から見ればそうじゃないとか、どうしてそうなるんだとか、単純におもしれーとなるだけかもしれません。

 ですがそうして笑えるハートの強い人間はそう多くありません。自分が音痴であると自覚してなおみんなの笑顔のために声を大にして歌うような人間はアマミノクロウサギやイリオモテヤマネコと同等の希少さでしょう。


 あなたはBGM程度に歌いだします。翼を求める歌だったり、空を飛ぶ秘密の島のテーマソングだったり。せめて邪魔にならない程度の音量で人口BGMを務めるあなたをサティはどこか嬉しそうに眺めていました。



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