2-2.闇の中、焚き火の前、男女二人、何か起きるはずもなく



 あなたとサティは目の前にある焚き火のほのかな明かりを前にして弛緩した空気の中で休憩をとっていました。

 あなたはこの焚火をするという行為を大したこともない日常の中からほんの少し背伸びをすることで手に入る実に手軽な娯楽であると認識しています。

 日常すらもほとんどソロキャンパーのような日々を送っているあなたはこの焚火をするという行為を知り尽くしています。

 ただただ揺れる炎を眺めて贅沢な時間を過ごすもよし。憎いあいつを想像の中で火にくべるもよし。パチパチと爆ぜる音に合わせて体を揺らしタップダンスを踊っても周囲の迷惑にならない限りは許されるでしょう。その時はもちろん不審者として通報されることを考慮しておくべきなのは当然のことですが。

 そのうちにあなたの記憶の中に焚き火というには大きすぎるキャンプファイヤーをしていた時の記憶がよみがえりました。小学生の時の野外活動にてキャンプをした時の記憶です。

 クラスの男子全員が大部屋で寝るために布団を用意する際、シーツだけは別の場所に受け取りに行かねばなりませんでした。その受け取りも役割として数人に割り振られていましたが小学生にとって十数人分のシーツは大荷物です。が、あなたは自由時間だと遊びにかまけていたクラスメートの分まで運びました。クラスメートには感謝されました。

 その後のキャンプファイヤーですが、なんとなく大きな火を囲って円周上に広がってざわざわと広がる喧噪と、それをぼーっと眺めていたあなた。あの時は何となくそれでいいと感じていましたが、少しだけ勿体ないことをした気がしていたのです。それはあなたが好きな干し芋を食べていた時、祖父がおもむろに七輪を持ち出して炙り出した時の感覚に似ています。

 ぼーっと火を眺めていたサティと目が合います。


 話をしよう。


 目が合うなりキョトンとした表情を浮かべていたサティですが、あなたの言葉ににっこりと微笑みを返しました。


『リスナーさんは何でここに来たの?』


 さあ、なんでだろうね。


『リスナーさんの名前は?』


 秘密で。


『えー?』


 相変わらずあなたのベストコミュニケーションにより距離と壁を維持することに成功しました。有名配信者に軽率に思い(ライク)を伝えたい、言葉を大にして応援したいという思いはあなたにはありません。

 しかし全く興味がないからと無視したり歪んだ愛情から言葉のナイフを投げつけたいと思うほどあなたの性根は頑強ではありません。

 あなたはお約束という本当にただの事実確認から始めることにしたようです。


 配信者サティは何故配信をしているんですか?


『何故? えっと人に会うために……ああ。ええと、うん。【私が見る美しい景色をみんなと共有するため】です』


 美しい景色って? 


『【宙の闇、星の煌めき、陽の光、地球の青さ。その全てをみんなに見て欲しくて! 】』


 好きなものは?


『【ふわふわやぷかぷかは好き! あとは美味しいもの! 】 人も!』


 嫌いなものは?


『【独りは嫌い。冷たくて寂しくて、何もないから】』


 特技は?


『【旅かなあ。星を見て光を感じて宙を漂うのが私の仕事だからね!】』



 実にライバーらしい答えを返してくれる彼女にあなたはご満悦です。なにやら楽しそうにしているサティを見ながら、あなたは次の言葉を考えています。

 会話は人類が行う基礎的なコミュニケーションです。会ってから既に数日を共に過ごしたと思っているあなたですがコミュニケーション不足がたたって相互理解が不足しているのではないかと今更ながらにあなたは思いました。

 会話とは言葉のキャッチボール。今はあなたが受け取り手となってサティのボールを受け取っています。今度はあなたが投げ込む側に回るべきでしょう。普通ならば。

 しかし残念ながらあなたは彼女が有名配信者であることを忘れていませんでした。キャッチボールですがあなたは影で相手を支えるブルペンキャッチャーであるようにいることを選びます。


 あなたはおもむろに自分の背後を飛び回っていたカメラをむんずとつかむと、それをあなたが背もたれ代わりにしていた瓦礫にがっしりと固定しました。

 カメラが固定されたことを確認すると、サティと焚き火の間でカメラに映らない位置に固定しました。

 あなたが何をしようとしているのかわからず戸惑うサティにあなたはこう告げます。


 【焚き火】サティと焚き火【ASMR】を収録しよう。


 あなたは自分の現在の立ち位置を考えた結果、これはきっと強火のリスナーに炙られると直感しました。それ故自分だけの経験をリスナーの経験とすることで鎮火することを選んだのです。

 唐突にディレクションを始めたあなたは先ほどまでのことを見事に忘れ、完全に保身に腐心する見事な一般人の様子です。サティはそれを不思議そうな顔で見ていました。


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