1-2.配信者



『やっと見つけたー!』


 彼女の追走を受けること丸一日。あなたはまるでツチノコになったかの気分で回していた足を緩め、ついに観念することにしました。


『ねえ人間さん! あなたは一体どこから来たの?』


 さあ、気付いたらここにいました。


『どこかに隠れていたとか隠れ里があるとか!?』


 自分は知らないけど、あるかもしれませんね。


『あなた以外にはいないの?』


 さあ、自分以外は見ていません。


『そっかあ』




 落胆する彼女に苦笑いを浮かべるあなたは一般人であることに余念がありません。だからこそ目の前の女性が金髪碧眼で首元から見える長い髪の内側に深い青のインナーカラーを入れてるのか、程度にしか考えていません。しかしそれはよく見れば角度によって色を変える不思議な現象が起こっていました。

 あなたは街頭インタビューを受ける一般人。質問の内容はわからないが、彼女はどうやら誰かを探しているのだと予想し、残念ながら何も知らない、何の情報も得られない一般残念男性を演じることにしたようです。 


 しかしあなたは失念していました。彼女はインタビュアーではなく配信者。あなたは彼女が何に興味を持つのかまでは考えていませんでした。

 そもそも丸一日追いかけてきているという事実は、あなたがツチノコの気分になった時にその少ない脳内記憶容量から消えてしまったようです。


『あ、お名前は?』


 名乗るほどのものじゃありませんよ。


『そこを何とか!』


 いえいえ、本当にお気になさらず。


『お願いします!』




 あなたは彼女の押しの強さに辟易としてしまいました。しかしこの見た目で配信をしているなら視聴者は万は下らないはず。場合によっては100万を越える大御所かもしれない。

 あなたは過去にそういった配信者による配信を見た経験がありますが、配信映像より視聴者のコメントの方が気になってしまいました。一般視聴者ニキネキ、過激派、アンチ、箱推しなどなどによる喧々諤々、悲喜交々、一糸不乱の大草原。それ即ちカオスなり。

 あなたの脳内では彼女の視聴者が自分に向かって謝罪や罵声、見た目の採点、印象などを無軌道に打ち付けている存在しない記憶が再生されています。

 どうしようか。あなたの灰色の脳細胞は実際にはただただ他の人と同じようにニューロンが活発に働いている程度の代物でしかありませんが、あなたなりの答えは出せます。

 今もネットワークのどこかに漂っている逸般人という名のネットミームとは違うとあなただけは考えました。そんなあなたの答えはこれです。


 可能な限りの丁寧な謝絶。大人な対応をあなたは笑みを絶やさずに繰り出しました。


 すみませんと言いながら距離を縮める気など無く、かといって相手にしないわけでもなく。

 ある意味で相手は立場のある人間。であればしっかりと距離を取ったこの対応に間違いなどなく、あなたは微笑みの奥で真っ黒な思惑を巡らせている自分に喝采を送りたい気持ちだったことでしょう。

 しかし相手もさるもの。それがどうしたと言わんばかりに押してきます。


『ワタシ、サティ! 世界を旅しながらリスナーのために映像を残しているの!』


 残念でした。貴方の思惑は外れてしまいました。彼女は配信者と言いつつ、実際は映像の収録をしていたようです。であればこの場であなたの情報を伝えたところで周囲の目に触れられる前にカットすることが出来てしまいます。


 ふむ。そうであれば逆に都合がいいのではないだろうか。彼女が取れ高を優先するようなライバーでなければその旅について行くことでこの世界を楽しむことも出来る。彼女は旅慣れてもいるようだしいいガイドが手に入った。立場があり見る目の数が多い人気者ほどコンプライアンスには大事な飼い犬のごとく名札と手綱をつけてその端を両手にぐるぐる巻きにしてあるはず。あなたはそう思いました。


 旅に必要なもの。それは水や食料でもなければ相棒だとあなたは確信しています。

 あなたはどんなにつらい時でも泥水やそのあたりに生えている草でも口にするという言葉を口にすることはできます。しかし人間は一人ではできることが極端に少なくなるという事も知っています。某大学に連綿と受け継がれる伝統のパフォーマンスである集団行動も一人でやればシュールで意味不明なパントマイムという大道芸擬きになってしまうように。


 相棒という存在は人である必要こそありませんが、言葉が通じるというアドバンテージはとても大きいということも理解しています。

 動物は言葉が通じませんが心を通じ合わせることが出来ます。人間同士でも心を通じ合わせることで出来ることが増えてキャッチボールも出来るようになりますが、そう簡単にいかないのが人間の難しい部分です。

 更に言えば、初対面で1日中追跡してきたストーカー女と部屋の照明から垂れ下っている紐のような存在感の男では、野良猫と猫じゃらしの関係性より冷え切っていると言ってもいいでしょう。

 あなたと彼女は互いに思うところはありそうですが、どうやら二人で旅をすることに決めたようです。

 今は通勤通学の電車で見かけるなんか見たことあるような気がする人から、同じマンションに住むどこかで見たことがある人という程度の関係になれるのか。期待せずに待つことにしましょう。


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