夕暮百物語・第7話 咀嚼音
営業マンとして働く島倉さんは、3年前に念願のマイホームを購入した。幼少期、転勤族の父に連れられ地方を転々としていた。住まいはいつも賃貸の集合住宅。それが理由で一戸建の住宅に憧れを抱いていた。ガムシャラに営業成績を伸ばし、物件の購入費用を稼ぐ毎日。そんな島倉さんを助けるため、幼い子供を実家に預けて妻もパートとして働いてくれていた。それでも目標の金額に達っすることが出来ない。(やはりマイホームなど夢なのか)そんな諦めの考えが島倉さんに浮かぶ。
そんな時、取引先の人間から手頃な物件を紹介してもらった。それは中古の物件で築年数もさほど経っておらず、綺麗にリフォームされている。「ローンを組めば大丈夫だ」島倉さんはその好条件にすぐ飛びついた。けれど妻はその安さに疑心暗鬼になるばかりだ。そんな妻の不安を解消するため島倉さんは、不動産屋に確認することにした。そして一つだけ不可思議な説明をされる。
「——音がするのです」
外から聞こえる喧騒ではない。謂わゆる家鳴りの類いでもない。気味の悪い音がする。そのせいで度々所有者は変わるが、事故物件ではない。それだけはハッキリと答えてくれた。事故物件でなければ、音など気にならない。そんな安易な考えで、島倉さんは妻の反対を押し切り、物件の購入を決めた。
そして入居してすぐ、それに遭遇する。
夜中、島倉さんが洗面台で顔を洗おうとすると、耳元で音が聞こえた。
クチャ...クチャクチャ...
口に何かを含む音。まるで咀嚼音だ。それもねっとりした、生理的に受け付けない音。辺りを見渡すが誰もいない。驚きすぐに寝室へ戻ると、怯えて耳を塞ぐ妻子が目に入った。妻は島倉さんを恨めしそうに睨みつけ、その日は殺伐とした雰囲気で眠れなかったそうだ。
しかしそれだけでは終わらなかった。それからも時間に関係なく、あの咀嚼音が聞こえる。それは必ず耳元から。
それに耐えかねた妻は、子を連れて実家へ戻ってしまった。現在島倉さんは一人住み続けるか、物件を手放すか悩んでいる。
「あの咀嚼音...以前より早くなってるんです。何を口に入れてるか分からない分、気持ちが悪くて...」
クチャクチャクチャクチャクチャクチャクチャクチャクチャクチャクチャクチャクチャクチャ
島倉さんは残ったローンの額を確認するたび、後悔ばかりが浮かんでくる。
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