チューナーの育成所

「育成所?」


 樹海と呼ばれる森の奥、高くそびえる木々が陽の光すら遮り昼間でも辺りは薄暗い。そんな人里離れた地に苔の生えた看板はひっそりと立っていた。モニカは掠れた文字を読み取って声に出す。


「フォルテ様ーーー!!なんか怪しげな看板がありましたよーーー?」


 いつからそこにあるのかわからぬ看板を見つめ、モニカは後ろから離れて付いてくるフォルテに呼びかける。


「おぉ、おぉ、そうじゃそうじゃ!この辺りだった!!」


 モニカの声に答えたのはフォルテではなく、少し前から行動を共にしていたピノア一行の賢者ダンバーであった。


「今度こそ本当に、ほんとですわよね!?わたくし、もう何時間も彷徨い歩いてクタクタですわー」


 今度はピノア一行の神官、ソステートがダンバーに向けて非難の声を上げる。


★★★

 

 時は遡ること数日前。フォルテとモニカは城外での仕事を終え、二人きりで帰路へと向かっている途中であった。


「そう言えばフォルテ様!?前にこの近くで美味しいケーキ屋さん見つけたんですよ!せっかくですから寄って行きませんか?」


 フォルテはモニカの提案を聞き少し考えたが、急いで帰る用事もなく、せっかくの二人きりの時間を何もしないで過ごすのも勿体なく感じたので、モニカの提案を受けることにした。


「そうですね。急ぐ帰路でもありませんし、近くなら行ってみましょうか」


 この判断が全ての間違いであったことは、この時点でフォルテは気付くはずもなかった。


「も、モニカさんーーーん。本当にこの道であってるんですか?というかすでに道ですらないんですけど?」


 先頭を歩くモニカの背を追い、岩がむき出しになった斜面を張って進むフォルテ。


「おかしいですねー?前来た時はちゃんとした林道があったんですが・・・?」


 昔の記憶と照らし合わせながら目を凝らして先を見据えるモニカ。


「前来たときって、いったい、いつの記憶ですかぁ?」


「えっと、ほんの五,六十年前ですよ」


 魔族の一生は長い、フォルテやモニカも見た目こそ幼く見えるがすでに数百年以上生きている、そんな彼らの時間の感覚は人よりも鈍かった。


「そうですか。それは、最近ですね・・・でしたら記憶違いじゃないですか?モニカさん昨日食べた物すら覚えてないじゃないですか」


「それは量が多すぎて覚えきれないだけですよ!人を年寄り扱いしないで下さい!!」


 覚えきれない程食べるモニカの胃袋に呆れながらフォルテは不可思議な現象に頭を悩ませる。

 二人は気付いていなかった。人の世の移り変わりが早いということを。


「本当に、ここにあるんですの?」


 そんな彷徨う二人の耳に遠くから少女の声が聞こえてきた。


「わしの記憶に間違いはない!少しは黙らんか!」


 今度は少女の声に反抗するように老人の力強い声が聞こえてくる。


「そもそも、記憶違いではございませんの?いったい以前とはいつのことをおっしゃっているんですの?」


「ほんの20年ほど前じゃ」


 少女の声に老人は怒りを込めて答える。


「そこまで昔だと、例え記憶が確かでも、今もそのままそこにあるとは限りませんわよね?ピノア様」


 少女は小声で老人とは違う第三者に同意を求めた。しかし、その嫌味ともいえるセリフに老人はいち早く反応する。


「嫌味はもっと小声で言うもんじゃぞ、ソステート」


「どうせ小声で言ってもダンバー様の地獄耳には聞こえるんですから、それなら同じ事ですわ」


 すでに見知った名前を聞いてフォルテとモニカはお互いが苦笑いを浮かべる。こうして何度目かになる勇者ピノア一行と遭遇したのであった。

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