第12話
「久米さん」
「……うん。おはよう、ございます」
「おはよう。よく眠れた?」
「はい。ずっと一緒にいるの、初めてですね。ああ、メイク。すごい崩れて酷い顔していますよね?」
「そうでもないよ」
「私……声、うるさかったですか?多分廊下まで響いていたかも……」
「うるさくはなかった分、初めて聞く声が聞けて俺も興奮した」
「そこまで……まあ、そう聞けて良かったのかな……」
「もう少ししたら、朝食だな。メイクし直したら一緒に食べに行こうか?」
「はい。じゃあ先に戻って直してくるので、待っていてください」
「うん。ゆっくりでいいよ」
「お気遣いありがとうございます」
服を着て一旦隣の部屋に入っていき、その間に輝もシャワーを浴びて身支度を整えると、久米からメールがきて、再び部屋に行くから鍵を開けて欲しいと返事がきた。一階のフロアに行き二人で朝食を済ませ、各自部屋でケースに荷物を詰めるとチェックアウトをしてホテルから出た。
駅に着きホームで待つと新幹線が止まり乗車して席に着くと同時に発車していった。窓側に座る久米を時折見ていると、彼女も彼に気づき、何と問うと手を握ってきた。
「奥さんと娘さん、連絡しなくても大丈夫ですか?」
「さっきメールしてこれから東京に戻るって伝えたよ」
「私たち、これでいいんですかね?」
「俺は悪いとは思っていない。家族も君も大事だと考えている」
「二人でいる時は、本音を言うと家族のことはあまり話さないでほしい」
「極力そうする。ただ娘がまだ小さいから、そこのところは許してくれ」
「わかりました。そのうち、娘さんに会いたいです」
「もう少ししたら妻も落ち着くから、また声をかけるよ。待っていてください」
「はい」
その後東京駅に着いて会社へと向かい、部長へ報告をすると昌山が来て申し訳なかったと謝ってきた。輝は彼のデスクに向かわせて今回の販売会の旨を伝え、久米を行かせて良かったと話をしていた。
「久米さんも急だったのに本当……私事で申し訳なかった」
「いいえ。私も名古屋行くの初めてだったし楽しかったです。勉強になりました」
「登坂。俺、このままいていいんだろうか……?」
「あまり気を落とさないで。年明けの福岡の営業を任せるから挽回してこい」
「ああ、ありがとう」
「それじゃあ私今日はこれで退勤します」
「お疲れさまです。ゆっくり休むんだよ」
「はい。お先に失礼します」
「……久米さん、なんかやけに明るいな」
「そうか?いつもあんな感じだよ」
「なんていうか……晴れ晴れして何か吹っ切れたって顔つきだった。お前、まさか手を出したか?」
「何言っているんだよ。何もあるわけないじゃん」
「登坂さんももう退勤するんでしょう?ちょっとこれ資料渡しておくから事前に読んできてほしいの」
「新作の品評会ですか?」
「ええ。各店舗限定の商品をパティシエたちが作って試作品を評価していくの。来週有馬さんと行ってきてください」
「わかりました。……じゃあお先に失礼します」
「結衣ちゃんによろしくね」
「はい。お疲れさまです」
輝が自宅に着きリビングへ向かうと莉花がベビーベッドのところで寄りかかって眠っていた。
「結衣、ただいま。ママ、寝ちゃったね。ミルク飲めているかな?」
彼女を抱きかかえて話しかけていると、莉花が目を覚ましておかえりと言ってきた。
「ごめん、寝ていた。名古屋どうだった?」
「何とか売り上げは達成できた感じかな。あと、お土産向こうで買う時間なかったから、東京駅で買ってきた。……これ、チョコムースのシブースト。大丸限定だって」
「わざわざありがとう。お昼って食べた?」
「ああ、帰りに定食屋に寄って食べてきた」
「今コーヒー淹れるから、一緒にこれ食べよう」
「ケーキは夜で良い。結衣と遊びたい」
「じゃあコーヒーだけにしておくね」
「ああ。……結衣、ほらボール。パパ着替えてくるからベッドで待っていて」
わずかに疲れは残っていたが結衣の顔を見ているうちに、自然と気持ちが軽くなり夕方までの時間を彼女とともに過ごし、いつの間にか彼もソファでうたた寝をしていたので、莉花がブランケットをかけて結衣をベッドに寝かしつけた。
二週間後の二十三日の夜、会社を退勤し日本橋へ向かうと商業施設の正面出入り口の前で、久米が待っているのを目に入ると駆けつけて向かった。中の飲食ブースの階へ行き、スパニッシュイタリアンの店へ入り、賑わう客の中に紛れて食事に手をつけていった。
「予約しておいて良かったな」
「はい。ギリギリでしたが何とか取れたんですよ」
「そうか。ていうか、このパエリアの量俺らだけで食えるか?」
「私がなんとか食い切ります」
「無理しないでよ」
「自分も上品さなんかなくてやけ食いしそうな感じ」
「やけ食いって……職場で何かあったの?」
「話しても良いですか?」
「うん」
「今日の昼間だったんですが、あるカップルが店に来て終始ずっとべったりくっついていて、会計を言ってもなかなか清算しないから、いかがなさいますかって声かけたら、うるせぇ!って怒鳴ったんです。それで私もムカついてしまって、つい取り止めますかって言い放ったら、買って帰るから早く袋詰めしろって返事来て、最後まで態度がデカくていい加減にしろって言いたくなりました」
「どういう客が来ても毅然とした接客をしないといけないんだよ?感情は出さないように気をつけなさい」
「はい……」
「それにしても、このシーズンになるとみんな自分勝手になるよな。その気持ちはわからなくもないよ」
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