第6話

翌週、二人は結衣を連れて日本橋にある水天宮へお宮参りに来ていた。参拝を終えて帰ろうとした時、他の参拝者から声をかけられ、結衣の顔が見たいと言ってきたので莉花が見せると、結衣はじっと彼らの顔を見ては声をあげていた。

機嫌の良さそうな彼女を見て輝たちも安堵していた。自宅に戻り着替えを済ませると、輝のスマートフォンに着信が来ていたので中を開いて見ると、相手は久米からだった。寝室へ入り電話をかけてみると久米が出て久しぶりだと話してきた。


「私、先日都内の会社に面接に行ったんです。そうしたら採用が決まったんですよ」

「そうか、おめでとう。良かったじゃん」

「今ちょうど引っ越しの準備をしていたんです。登坂さんもお休みだったんですか?」

「今日は娘のお宮参りに行ってきたよ。あまり混んでいなくてよかったし」

「そうですか、お子さん産まれたんですね。おめでとうございます」

「ありがとう。ちなみにいつこっちに来るの?」

「来月の半ばから仕事が始まるので、一日くらいに越していきます」


「そうか。もし落ち着いたらどこかで会おうか?」

「そうですね。その時になったら私から連絡します。あの……メールって交換出来そうですか?」

「ああいいよ。電話切った後にショートメールに送っておくよ」

「はい、お願いします」


「ようやく上京するのか」

「ええ。今からワクワクしていて早く働きたいです」

「あまり焦らないように気をつけてくるんだよ」

「私せっかちなんでいそいそとしてしまっています。おっしゃる通り気をつけて行きますので、待っていてください」

「じゃあまたね」


「……輝?」

「ああ、今この間のイベントでお世話になった人と話していたんだ」

「そう。私これから買い物行くんだけど、買ってきてほしいものとかある?」

「いやいいよ。一人で大丈夫?」

「うん、近くだからすぐ帰ってくるね。行ってきます」

「いってらっしゃい」


翌日、会社に出社してミーティングが終わると、部長からある話を持ち掛けられてきた。


「本店の新人研修の担当を、僕にですか?」

「ああ。二十代後半の方が雇用が決まってその期間中を登坂に任せたいんだ。来月の半ばなんだが、他の営業は入っているか?」

「いえ。今のところは大丈夫です。本店に正社員の人を雇用するのってあまりないですよね」

「マネージャーが見込みのある人だから絶対に採用したいってずっと言っていたんだよ。この時期だとクリスマス辺りまでは人材もセーブできそうだしさ」


「男性ですか?」

「女性だよ」


「そうですか、じゃあ僕引き受けます」

「わかった。あとで本店にも連絡しておくから、登坂も挨拶しに行くようにしてくれ」

「わかりました」


その夜、輝は莉花にもその事を伝えると彼女も懐かしそうに話をしていた。


「私も最初は本店に雇用が決まって入ってから二年で本社に異動したもんね」

「そうだったな。その後、俺との担当が決まってあちこち営業に行ったんだったよな」

「お陰さまで足のむくみが取れなくなって、静岡だったっけ?先方の店頭に上がろうとした時に、靴が脱げなくなって輝が無理矢理引っ張って脱がしてくれたんだよね」

「あの時さ俺、靴が顔にあたって軽く切り傷したんだぞ。脱げなくなるまでずっと同じ靴履いていただろう?だから何足か買えって散々言ったじゃん」

「あの後ちゃんと買ったよ。同じのばかり履いていたら臭くなるぞって揶揄からかったくせにさぁ」

「そこまで言ったか?全く覚えていない」


「それから付き合うようになって三年経ってようやく婚約したもんね」

「俺が緊張しながら結婚しようって言ったのに、そのタイミングでお義父さんから電話来たじゃん?なんで今なんだよって俺、椅子から崩れ落ちたしさ。コントやっているみたいだったよな」

「今となってはいい思い出じゃん。こうして結衣も生まれてきたし」

「これからが忙しくなるな」

「うん。この間友達と知り合いから連絡来て、もう少ししたら結衣に会いたいって言っていたよ」

「まだ油断できないよ。あまり刺激を与えると莉花だって疲れる。気長にいった方がいい」


「そうね。じゃあ私先にお風呂入るよ」

「ああ、ゆっくりな」


すると、結衣がぐずりだしてきたので輝は抱きかかえて彼女をあやしていった。身体をゆすっていると輝の顔を見ては声を出し、彼の人差し指を握ってきた。何気ない仕草が愛おしさを感じ、自身も父親としての自覚も芽生えだしていった。

翌月に入り、輝は本店へと足を運んでいき店内に入ると、マネージャーが挨拶をしてきた。


「今日新しい人が来ているって聞いたんだけどもう来ていますか?」

「はい。今呼んできますので待っていてください」


店頭の商品を眺めながら彼らを待っていると奥の厨房から足音が聞こえてきたので振り返ってみると、彼は唖然としてしまった。


「今日から入る、久米琴葉さんです」

「登坂さん。驚かせてすみません。今日からお世話になります、久米です」

「この間のイベントで一緒に働いていたって聞いて驚きましたよ。事前に教えてくれたら良かったのに……」

「僕も、驚きました。そうか、ここに就職が決まったんだね」

「気を引き締めて頑張りますので、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

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