第2話

二〇二二年。まだ世の中が流行病の渦中に恐れながら耐え凌ぐ日々を送るなか、登坂輝はようやく在宅勤務から通常出社になったのを境に、軽い足取りで電車に乗り込み会社へと向かっていった。

社内に入ると他の社員たちも久々にあう同僚と顔を合わせては嬉しそうに会話もはずんでいる。以前のような活気が戻りつつあり、輝もほころびながらエレベーターで上階へと行き、自分の部署に着くと先に来ていた後輩たちが挨拶をしてきた。


「おはようございます」

「おはようございます。一年ぶりくらいか?みんな変わりはない?」

「はい。登坂さんも元気そうで嬉しいです」

「そういえば莉花さんはどう?もうすぐ臨月なんでしょう?」

「ええ。本人も元気ですよ。この間うちにベビーグッズ送っていただいてから、あいつもかなり気に入ってますし」

「女の子ですよね。名前は決めてあります?」

「うん。二つ候補があって、今どうしようかって考えているよ」

「産まれたら俺、家に見に行きたいです。莉花さんにも会いたいし」

「わかった、伝えておく。そっちが先輩になるからわからないことがある時は色々聞くよ」


輝のいる部署は、都内に数カ所あるフランス菓子を扱う製菓店の事業販売部。

年に数回、全国の各デパートでも出店するほどの人気のある製菓業ということもあり、彼らも営業で出回る事もあったが、ここ数年の業績が思わしくないところもあり、在宅勤務中は色々と企画を提案して何度も策を考えていっていた。

朝礼が終わると企画部長からある地方で開催するイベントでの出店で、輝と他の社員たちが地方に足を運んで欲しいという話があがった。


「札幌の大庵デパートですか?」

「ああ。全国の洋菓子店が集まるイベントがあって、うちのプティナンが出店することになったんだ。それで登坂と宮下、有馬も一緒に店頭販売員として行って欲しいんだ」

「出店するのは焼き菓子が中心になるんですか?」

「そう。それと先月発売したばかりの数種のりんごを使ったアップルパイも出すことになった。良い宣伝になるようにみんなで協力してほしい」


「札幌は前回のイベントから四年ぶりになりますね」

「ああ。今回の流行病の事もあって客足がどうなるのか数字的にも想定しにくい。この三人が戦力になるからそれぞれ存分に発揮してきてほしいんだ」

「新千歳にも一時販売したこともあったけど、なかなか思うように売り上げが見込めなかったですしね」

「それらの挽回を兼ねてプティナンの名前を広めてくれ。登坂、今回はお前が筆頭になる。このイベントの宣伝部長としてお客さんを呼び寄せてきてくれ」

「わかりました。札幌か。この連休の期間なら見込みはあるでしょう」


ミーティングが終わるとそれぞれの持ち場に戻り、輝もイベントの売り上げ案の作成に取りかかっていった。昼休憩に入り食堂へ行くと輝の元にある社員が近づいてきた。


「お疲れさまです。向かい側ご一緒しても良いですか?」


そこに来ていたのは彼の後輩にあたる有馬だった。有馬は今回のイベントで当日一緒に店頭に立つ人物の件について話をしてきた。


「地元の販売員の人が?」

「はい。補助的な感じで僕らと一緒にカウンターに立つって聞きました」

「そうか。結構力入れているな」

「部長がさっき電話で話していたみたいですよ。当日楽しみにしていてくれって」

「そうなるとブース内も狭くなりそうだな」

「誰が来るんでしょうね?」

「有馬。顔が浮かれているぞ。この間の世田谷のイベントの時も販売の手伝いをしに来た女子が可愛かったって言っていたよな。それどころじゃないだろう?」


「札幌も美女が多いって言うじゃないですか。できれば二十代のキレのある人が来てほしいですね」

「もしその逆でおばちゃんだったらどうするんだ?」

「まあそれも楽しいんじゃないですか?」

「熟女もいけるってか?」

「いやいや、ありえない。わかりましたよ、三日間頑張りましょうよ」

「おう。じゃあ俺先に行くわ。これから外勤なんだ」

「はい。気をつけて行ってきてください」


二十時の退勤時間になり、自宅へと帰りリビングへ行くと莉花がソファでうたた寝をしていたので、輝は毛布をかけてあげると彼女は目を覚ました。


「お帰りなさい。ごめん、寝ちゃった」

「夕飯って台所に出ている惣菜のものか?」

「うん。今日ちょっと身体怠くて……輝、自分で盛り付けてくれる?」

「いいよ、やるよ」


夕食を済ませて後片付けをしていると、莉花が背後から輝の背中に寄り添ってきた。


「どうした?」

「いよいよ来月が予定日。病院一緒に居れそう?」

「実はその連休なんだけど、札幌のイベントでうちの会社の商品の店頭販売があって、それに参加しないといけなくなったんだ」

「じゃあ私一人で産むの?」

「お義母さんにも連絡しておく。急で申し訳ないけど、何とか対応してもらえるか後で話しておくから」


「一緒に立ち会えるって言ってたじゃん」

「ごめん。どうしても抜けることができないんだ。向こうに行くのも久しぶりだし、店のための頑張りたい」

「プティナンの創業も今年で四十年目かぁ。そうだよね、部長さんも今取り組まないと異動になるってことなんでしょう?」

「うん。だから一丸となってみんなで頑張りたい。……もうすぐで会えるね。産まれたらすぐにかけつけるようにするから、ママと一緒に居てね」


輝は莉花のお腹に耳を当てながら手で優しく撫でていった。

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