壊れた君が世界を審判する
真白清礼
第1話 終わりの始まり
◆◆
――これが、終わりの始まり。
そのことを、私ミソラ=エンファスが強く実感したのは、三年前忽然と姿を消したはずの彼が一番知りたくなかった肩書きを名乗って、自分の前に姿を現した瞬間だった。
(やっぱりか。予想はしていたけれど、キツイものだな)
立場的には、私と彼は敵対関係に近い。
だから、挨拶だけではなく、改って話がしたいと彼が言い出した時、大勢の従者や武装した神官などが私に断るよう促した。
彼らは私の身の安全を心配したらしいが、でも……。
(それじゃあ、つまらないでしょう)
私は彼に二人で会おうと提案した。
逆に二人きりが嫌だと彼が応じなかったら、それはそれで良いかとも思ったけど、彼も私と同じことを考えていたらしく……。
初めて、二人きりの時間を過ごすことになった。
(こんな形で、念願の二人きりになるなんて)
昔の自分だったら、彼の前で無様におどけた挙句、道化のように小躍りして見せたかもしれない。
――それくらい、私は彼のことが好きだと言い触らしていた。
「なんか照れるね。こうして完全な密室で二人になるのは、初めてじゃないかな。学生時代、君はいつも私が近づこうとすると、逃げてばかりいたから」
久々に、自らの手でお茶を淹れて、先に飲んでみたけれど、美味しいのか分からなかった。
味を感じる余裕もなかったのだ。
手が震えていないか……。
それだけが気がかりだったけど、きっと、上手く誤魔化せたと思う。
彼は相変わらずの無愛想で、髪色も瞳も、服装も黒一色。
制服と私服の違いというだけで、当時とあまり変わっていなかった。
(少し瘦せたふうにも見えるけど……。旅の疲れかな?)
私の淹れた濃い茶を、彼は涼しい顔で飲んでいる。
先程、私を前にした時、ぴくりとだけ眉を動かしたのは見ていたけど、たったそれだけだった。
また昔のように無表情に戻ってしまったので、正直私は面白くなかったのだ。
「……なぜだ。ミソラ?」
――ああ、やっぱり。
すぐに本題に入ろうとしている。
(つまらない)
現実に戻ってしまったら、私は彼を愛でることが出来なくなってしまうのに。
「あの頃。君は私が物陰に隠れていたことをいつも見抜いていたね。不意打ち狙っても、抱き着くことが出来なかったんだ。あれは残念だったな」
「……はあ」
彼がこれ見よがしに溜息を吐いた。
私の魂胆を見抜いた上で、無駄な時間だと言いたげな眠そうな目をしている。
(最高だな)
……君はそうでなくては。
「お前は隙あれば、俺に抱き着こうとしたからな。身を護っていたんだ。藪から棒に出てくるから、いつも神学校ではびくびくしながら過ごしていた」
「若さだね……。私が抱き着いたら、君がどんな顔をするか興味があったんだ。今はもうしないよ」
「当たり前だ」
「ねえ、ヤーフェ君」
私が淀みなくその名を呼ぶと、かつて「ヤーフェ」と名乗っていた彼はハッと大きく目を見開いた。
(一応、罪悪感はあるのかな?)
分からないけれど……。
「失礼。つい……」
「わざと呼んだくせに、よく言う」
「恋焦がれていた男の子の名前だからね。無意識のうちに口から出てしまったんだよ」
内心の動揺を隠すように、微笑する。
こういう芝居は、飛躍的に上手くなったと思う。
私の好きだったヤーフェ君は、こういう女は嫌いだろう。
そんなことくらい、知っている。
「大体、よく「神託者」のお披露目の式典なんかに、君、参列できたよね?」
「お前が神託者として、預言するっていうからな。怖いもの見たさだ」
「精々、お客さんを盛り上げられるような預言をするよ」
「盛り上げる? あのな、ミソラ。本当にお前は「神託者」なのか? 俺はそんなことまったく……」
「私だって知らなかったよ。君のこと。……何にもね」
だから、どうして……。
本題に入ってしまうのだろう。
もう少しだけ、過去の……以前のような関係に浸っていたかったのに。
(ヤーフェ君は、せっかちだから困る)
核心に踏み込まれたら、私も現実を指摘せざるを得ない。
彼と再会してしまったら、やるべきことはもう決まっているのだから。
私は大好きだった、ヤーフェのことを憎みたくない。
でもね……。
(無理だって分かっているんだよ)
今更、後戻りなんて、出来っこないのだから……。
私は少しだけ声を震わせながら、一気に言い放った。
「君の本当の名前は、クラート=フォン=シギル。まさか、サーファス領主の息子だったなんてね……。君は神都の神学校に潜入して、神殿内から王に接近した。そして、その命を奪い、叛乱軍を招き入れた挙句、神都の一部を灰にした。今の今まで、信じたくはなかったけれど、私の指摘に間違いはないかな?」
「………ああ」
「正直にありがとう。……私は君のことが、大嫌いだよ」
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