一難去ってまたですか②

「はっはっはっ! お前は面白い男だな。どうだ? お前もアダムストに入らないか?」

「アダムスト? なんだよそれ」

「知らないのか? 世界最大の犯罪者組織、咎落ちで構成され、窃盗、殺人、強姦なんでもやりたい放題! この世でもっとも自由に生きる人間たちのことだ!」

「ふざけるな! それの何が自由だ! 一般市民から平穏を奪っているゲスが!」


 囚われているジーナが激高する。

 ふと思い出す。

 以前に捕縛した盗賊たちが落とした模様の入った石板、あれもアダムストだった。

 そしてジーナが俺たちに尋ねた言葉も……。


「お前たちのような奴がいるから! 皆が安心して暮らせないんだ!」

「うるさい女だな。何だお前? もしかしてアダムストの誰かに肉親でも殺されたか?」

「――! 貴様……」

「なんだ図星か? 天下の騎士様が復讐ために戦ってたなんて笑いものだな? ひょっとして、あのアイギスも同じか」

「姉上を侮辱するな!」


 ジーナが暴れる。

 拘束された手足を鎖ごと引きちぎりそうな勢いで。

 あまりに無茶な動きをするから、拘束された手足から血がにじんでいる。


「待ってろジーナ! 今助ける!」

「おっと、邪魔されては困るな。こいつは餌なんだ。アイギスをおびき出すための――!」


 カナタが剣を抜き飛び出し、パークに斬りかかる。

 とっさにパークは剣を抜き、彼女の斬撃を受け止めた。


「タクロウ! 今のうちに!」

「わかった!」

「こいつ……」 


 カナタがパークの相手をしているうちに、俺はジーナの元へ駆けつける。

 パークは阻もうと身体の向きを変えた。


「行かせないぞ!」

「このガキ……まずはお前からだ」


 パークはカナタと互角の戦いを繰り広げる。

 レベルはおそらくパークのほうが上だ。

 カナタの素早さと、サラスが習得した補助魔法で強化することで何とか拮抗している。

 今のうちにさっさと拘束を解除しよう。


「くっ……外れない……」


 ダメだ。

 力じゃ壊せそうにない。

 こういう時こそ加護の力を借りよう!


 『弱点開示』!


 鎖のもろい部分を見つけ、至近距離でマジックボウを撃つ。


「よし! 動けるか?」

「どうして助けに来たんだ? 私は騎士で、貴様は冒険者なのに」

「は? ピンチを知って助けないわけないだろ? 立場なんて関係あるか」

「――!」

「あ、あと前隠してくれ!」

「み、見るな変態!」


 この状況で無茶を言わないでくれ。

 さて、反撃開始だ。

 カナタと攻防を繰り広げるパークの背後から矢を撃ちこむ。

 ギリギリで気づいたパークは回避するが、体勢を崩してカナタに追撃される。

 カナタの剣が、パークの剣を弾いた。


「勝負ありだな!」


 カナタが切っ先をパークに向ける。

 俺も背後からマジックボウを向けて言う。


「降参しろ! パーク!」

「……チッ、これだけは使いたくなかったが!」


 パークは懐から何かを取り出す。

 黒くて丸い何か。

 ボール? 

 ドクンと脈動するような音が響いている。


「生まれろ! そして暴れ回れ!」


 パークは取り出した黒い球を地面に投げつけた。

 砕けた球体は液体を飛び散らせ、光が明滅して何かを放出する。

 それは卵だった。

 生まれたのはモンスターだ。

 

「な、なんだよこれ……」

「見たか! これがアダムストの力だ!」


 見たことがないモンスターが召喚される。

 紫色のヘドロみたいな見た目だが、目と口があり、かろうじて手があるように見える。

 俺が無知なだけかと思ったが、ジーナも驚愕していた。


「まさか……アダムストはモンスターの育成に成功しているのか?」

「その通りだ! さぁ暴れろ! ――へ?」


 生み出されたモンスターは、パークを頭から飲み込んだ。

 一瞬の出来事で全員が固まる。


「う……」


 嘘だろおおおおおおおおおおお!

 召喚主を食いやがったぞあのヘドロモンスター!

 まったく制御出来てねーじゃんか!


 心の中で騒いでいると、パークを食べたヘドロは巨大化を始める。

 部屋を飲み込むほどの膨張。


「あのモンスター……捕食することで成長するのか?」

「暢気に分析してる場合か! 逃げるぞ!」


 俺はジーナの手を引き、カナタたちと共に外へ抜ける。

 建物は一瞬で破壊され、モンスターが露出する。

 街はずれの廃墟でよかった。

 これが街中なら、すでに大惨事になっていただろう。

 

「どうする? このまま逃げるか? 戦うか?」

「明らかに普通じゃないですよ! 私たちの手には負えません。逃げましょう! 私逃げます!」

「待った!」

「なんですか!」


 逃げようとするポンコツ天使の首根っこを掴む。


「冷静に考えろ。ここで俺たちが逃げたら、こいつは街を襲うかもしれないんだぞ。関係ない人まで巻き込まれる」

「タクロウ……貴様はまさか……」

「俺たちが食い止める! ジーナ、お前は援軍を呼んできてくれ!」

「わ、わかった! 死ぬなよ」

「あったりまえだ!」


 こんなところで死んでたまるか。

 まだ童貞のままなんだよぉ!


「いくぞカナタ!」

「おう! タクロウならそう言うと思った!」

「サラス! 俺とカナタに支援魔法を!」

「わかりましたよ! やばくなったら私だけでも逃げますからね!」

「絶対逃がさん!」

「ひぃ!」


 ヘドロモンスターは街の中心部へ移動を開始する。

 通るだけで家は瓦礫となる。

 周りの建物を取り込み、徐々に大きくなっている気がする。


「どこ行くんだこの野郎!」


 俺はマジックボウを、カナタは剣で攻撃をしかける。

 しかし意にも返さない。

 動きを止めることはできそうにない。

 

「くそっ……正面に回り込むぞ!」

「わかった!」


 せめて意識させる。

 注意を俺たちに向けて、進行を阻害するために。


「おいヘドロお化け! こっちに餌があるぞ!」


 大声で叫び注意を引く。

 僅かにこちらへ意識が向いて、進行方向が変わる。


「よし……あとはどうやって……」

 

 倒すかだ。

 例のごとく、俺の加護に活躍してもらおう!

 加護の力で弱点を見る。

 僅かに光っているのはヘドロの中心部分だった。

 

「これもしかして、中心に核があるとかそういうパターンか」

「どうすればいいんだ? あの光ってるところに攻撃すればいいのか?」

「いや、そうなんだけど……」


 周りのヘドロをどうにかしないと攻撃が届かない。

 俺とカナタの火力じゃヘドロを貫通できないぞ。

 どうする?

 

 ヘドロモンスターが小さな腕を動かす。

 腕は伸縮自在。

 鞭のように撓り、建物を抉りながら攻撃を繰り出す。

 カナタは咄嗟に剣で防御するが、その衝撃で吹き飛ばされる。


「くっ」

「カナタ!」

「タクロウも避けてください!」


 サラスの声が響く。

 ヘドロの鞭攻撃はすでに方向を変え、俺に向かっていた。

 俺はカナタほど素早くない。

 レベル的にも、カナタが吹き飛ぶような攻撃を受ければ――


 やばい。

 死ぬかも。


「させるか!」

「――!」


 大きな盾が攻撃を防御する。

 ドーンと金属が震える音が鳴り響き、俺を守ってくれたのは……。

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