メイドロイドと少女

Aris:Teles

寒い日の夕暮れ

「流石に、そこまで引っ付かれると何もできないのですが」


 秋も半ば、最近少し涼しいと感じる程度の気温が、今日は一段と冷え込んでいた。

 日が傾くよりも早く空を暗い雲が覆い始め、受信した天気予報通りに雨が降りそうな気配が漂っている。

 優先順位を変更して、私はベランダに干していた洗濯物を早めに取り込む。

 外に出ると外気が思っていたよりすこし寒くなっていたため、部屋の暖房を付けようか思案した。

 結論として、メイドロイドである自身の体温調節機能を弄ることにした。うちには暖房器具はエアコン以外には置いていないし、家計のためにも電気代がもったいない。

 閉め切った屋内がほんのり暖かくなる程度なら、対して自身のエネルギー消費も大きくはない。

 決して、土曜日の休日に家で本を読みながらソファに寝転んでいる優理が、薄着でいるのを良いことにちょっと寄って来ないかなーなんて思った訳ではない。


「というか、どさくさに紛れてお腹を撫でないでください」


 案の定、外から入った冷たい風に耐えきれずに、洗濯物を畳み終えたタイミングで背中側に優理はくっ付いてきた。

 半ば期待していたとはいえ、ぎゅっと抱きしめられると下手に動けない。

 私の薄青い銀の髪に顔を埋め、お腹の方へとひんやりした手を回してきた優理がもごもごと反論する。


「……寒いのが悪い。私は悪くない」


 至極当然の答えに苦笑する。

 洗濯物を取り込むためとはいえ外の空気を招いたのは私だし、むしろ優理と触れ合う時間を求めたのは私自身なのだから。

 優理だってそのことはわかっている。栞が挟まれ、無造作に床へと置かれた本を拾い上げ、後で仕舞うべく洗濯物の上へと乗せておく。


「しょうがないですね。夕ご飯を作る準備がありますから、それまでですよ?」


「わかった」


 どのみち夜になったら一緒のベッドへ入ることになる。

 優理が亡くした親の温もりを、少しでも絶やさないようにするつもりだ。

 刻まれた本能ともいうべき奉仕の欲求を、保護者らしく真面目に発揮する。

 最近ではちょっと危ない方向へ歪められている気がするが、今は敢えて無視した。


「いつ触っても、肌がすべすべで気持ちいい。……ちょっとずるい」


 優理の手が人工的に造られたへその窪み辺りを擦る。触覚センサーが反応するが、努めて冷静に受け答えをする。


「私はメイドロイドなので当然です」


 それも市販品から比較して、オーダーメイドの準高級機体だ。

 肌触りも人間のそれと遜色なく、この通り体温だって発せられる。口腔の造りも人間のそれと変わらず、喉の奥にあるスピーカーから音声が出ているとは感じにくいようにできている。

 本来、優理には手が届かない代物なのには理由がある。

 数年前に交通事故で亡くなった両親が入っていた保険に、万が一の時には養育のためのメイドロイドが手配される特約を付けていたのだ。

 そうしてやってきた私に、優理は特に考えず“メイ”と名前を付けて今に至る。


「――好き」


 ぽつりと呟かれた言葉に、おもわずピクッと反応する。

 意図的に上げていた体温に呼応して、感情モジュールが興奮の感情を呼び出してきた。

 少し振り返ると、優理はうとうとしながら目線を下げていっている。

 背中に触れる優理の慎ましい柔らかさが、緩やかな呼吸のリズムに合わせて押しては引いていく。

 温かさに安堵して、夢現の中寝ぼけているらしい。

 ……そういうことにしておこう、と私は意識して思考を正す。今はそのタイミングではないから。


「もう少し体温を下げておかないと、私が保ちそうにありませんね」


 優理に聞こえない程度に、今の気持ちを吐露する。

 心臓はないけれど、ドキドキとした感情は私にも存在する。

 擬似的なものだとしても、人間と同じようにと造られている以上は直接的でないにしろ、行動にも影響してしまうだろう。

 降り出した小雨が、優理の寝息とリズムを奏で始める。外はもうだいぶ暗くなっていた。

 夕ご飯のメニューは熱いものにしようか、それともほどほどにしておくべきか。

 ……結局、今日も優理が好きな料理を作ることになりそうだ。

 私は意識して思考を逸らしながらも、触れてくる優理の温もりを噛み締めていた。

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