第3話 言質

「すまないが後輩君、ガーゼみたいなものは有るかな?処置したとはいえ傷をさらしたままというのも君の目に悪いだろう?」


 頬を触りながら先輩が申し訳なさそうに切り出す。


 こっちはあまり気にしないが、先輩もわざわざ傷をさらしたままではいたくないだろう


「ガーゼとかは常備していませんね。買ってきましょうか?」


「いや、なければいいんだ。明日買ってくるよ。寝袋を敷いているときに悪いね。」


「いえ、こちらも気が利かなくてすみません。」


「悪いのはこっちだよ。君は本当に…。」


「明日は平日だし、君も1限から講義入ってるよね?私はもう寝るよ。お休み。」


 何かを言いかけた先輩は続きを口に出すことはなくリビングから出て行った。


 先輩の言う通り明日は1限から講義があるため、俺も早く寝ることにした。




 朝、いつものように起きてリビングに向かっていると何やらものを炒める音が聞こえる。


 扉を開けるとそこには料理をしている先輩の姿があった。


「おはよう後輩君。冷蔵庫の中の物を勝手に拝借しているよ。意外に自炊しているんだね。あ、もちろん君の分もあるよ。」


「ありがとうございます。あと、自炊してるのは単に趣味ですね。」


「食パンでよかったかい?それとも朝は米派?」


「基本は米ですね。ただ、たまにサンドイッチです。」


「だから10枚切りだったのか。もう一枚焼く?」


「そうですね。計2枚お願いします。」


 こちらの注文を聞いて先輩は調理に戻った。


(お茶でも飲むか。)


 先輩の邪魔にならないよう、冷蔵庫からお茶を出し、コップを二つ出す。


「おまたせ、目玉焼きは好みの焼き加減がわからなかったからスクランブルエッグだよ。」


「ありがとうございます。」


 なんかこう思うのも烏滸がましいけど新婚みたいな感じだな。


「いや、こっちこそありがとう。」


 一瞬何のことかと首をひねる俺に先輩はコップを指さして


「私の分も入れてくれたんだろう?」


 といった。


「いや、これはまあ当たり前ですよ。」


「当たり前にできるのは好印象だよ。ありがとうね。」





 食事も終え荷物の点検も終え先輩と雑談していると、そろそろ家を出る時間になった。


「先輩、ちょっといいですか?」


 不思議そうに首をかしげる先輩に手に握ったものを渡す。


「これって…合鍵じゃないか!?」


 慌てて返そうとする先輩。


「先輩と俺でとってる講義は違いますし、なければ不便でしょう?」


 そう言ってその手を押しとどめる。


「本当にもらっていいんだね?返せって言われても返さないよ?」


「俺の助けが要らなくなったときには返してもらうことになりますけど、それ以外では言いませんよ。」


「言質はとったからね。」


 先輩は心なしか嬉しそうに合鍵をポケットにしまった。


「ところで、先輩は今日は何限からなんです?」


「おっと、言い忘れていたね。私は休学することにしたんだ。」


 休学?


 …


「休学!?」


「そう。」


 先輩はなんともないように肯定してくるが、こっちは混乱している。


「じゃあ合鍵渡さなくてもいいじゃないですか。」


「いや、まだ君の助けが要るからこれは返せない。言質も取ったしね。」


「むぅ…」


 それを言われると弱い。


「それとも君は私を軟禁したい感じなのかな?」


 先輩は自分の体を抱きながらこっちを見つめてくる。


「そういうわけではないですけど…。」


 言われてみれば大学に行かないといっても外出したい場合もあるだろうし…。


「わかりました。返せとはもう言いません。」


「ありがとうね。後輩君。」


 まんまと一杯食わされた感じだ。通学前から疲れた。


「じゃあ、行ってきます先輩。外出るときは戸締りしっかりしてくださいね。」


「行ってらっしゃい後輩君。」


 疲れはしたが、先輩に見送られるのは嬉しい。現金なもんだがなんか気力が湧いてくる気がする。

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偽双の花嫁 @meguru_omomuki

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