バベル

yasunariosamu

第1話 前編


私の出番まで、まだ三時間もある。

今日、世界で初めて、軌道エレベーターが、寿命を迎え解体される。

「ゴルゴ」と名付けたそれは、本日その役割を終えることになる。

世界初ということもあり、アースポートのある「シンガポール」は国を挙げての大騒ぎだ。


私は、この軌道エレベータの命名者ということで、本日のセレモニーに呼ばれた。夫婦ともども、このセレモニーに参加させられるのに1ヶ月近く家業の定食屋を休まされることになった。まあ、休業分の手当と旅費はもらえるのだから、文句を言えばバチが当たる。新婚旅行もしてない妻とは、初の長い旅になる。


せっかくの機会だからと、ついてきた娘と孫娘も加わって、神輿よろしくあっちに引っ張られ、こっちにかつがれている。正直、もう飽き飽きしている。空調の効いたホテルで横になってのんびりしていたい。


解体といっても、もう何年もかけて徐々におこなわれている。静止軌道ステーションでまだ使用に耐えるパーツは、他のステーションに移動された。使用に耐えないものは月に運ばれ、文字通り解体、鋳つぶして再利用されるそうだ。月への移送も、「ゴルゴ」の月行きの高軌道ステーションから移出された。


地球側の300km上空に浮遊していた低軌道ステーションは、数年前に地表に下ろされている。博物館に収めるには大き過ぎるので、目ぼしい部品をのぞいて解体された。目ぼしい部品は、オークションにかけられその手のマニアに売られていった。中には驚くような値段がついたものもある。ケーブルは、数年をかけて巻き上げられ、静止軌道ステーションに収められた。同時に地球と反対側のカウンターウェイトも巻きとられている。「地表に落下させ事故を起こさないように細心の注意が払われた」とテレビの特集でやっていた。だから、本日行われるのは、仕上げのセレモニーだ。軌道エレベーター守備隊の航空戦闘機が、色とりどりの煙を引っ張りながら、空にアーチを書いている。


わたしが、このエレベータの名前をつけることになったのは、本当に偶然だった。宝くじに当たった。それだけだ。当時、軌道エレベーターが、相次いで建設されていた。初の純日本製ということで、国を挙げて盛り上げようとする企画の一つで、命名権を景品とした宝くじが売り出されたのだ。中学生であった私が何と無く買った一枚がそれに当たったというわけである。中には数千枚も購入したという富豪もいたが、運というものは本当によくわからない。

何かの番組で名前を発表することになったのだが、十三番目のエレベーターということで、当時本棚にあった親父の漫画の題名しか思いつかなかった。というのが真相だが、命名の理由はと聞かれ、テキトーに答えた答えが、意外に出来が良かったらしく、社会的にも受け入れられた。なんと答えたか今では思い出せないでいたが、このセレモニーに参加するにあたって、古い記録を見せられて、なんともはずかしい思いをした。まあ、当初からテロリストの主人公のコードネームの一部であるこの名前は、SNS等で軽く叩かれれていたが、順調にエレベーターが稼働し始めると特段誰も何も言わなくた。


 この名前が注目されるのは、それから30年後だ。11号機が、破壊され使用不能になる事故が発生した。テロだった。当時、軌道エレベータは、貧富の格差の象徴であり、資本主義の負の面の集大成だった。そんな中、小型の爆弾を積み込んだ、クルーザーが静止衛星ステーションで爆発した。名前の由来の漫画の主人公が、ある意味テロリストであったのが注目を浴びたのだ。


当初TVで放映された、爆発の風景は、全くの他人事で、会社から帰った私は、母がかぶりつきで見ているそのニュースを見て少なからず小気味が良い感じを受けていた。5歳の誕生日を迎えた娘と本日のママゴトのネタを考える方が、優先事項であった。事故から二、三日急に連絡の取れなくなった妻が、11号機の搭乗者リストに上がっていたことを知ったのは、それからさらに5日経った後だった。唯一の日本人女性犠牲者であった妻が注目を浴びるのはある意味しょうがなかったのかもしれない。私が13号機の命名者であったことも、その名前がテロリストのコードネームであったことも、騒ぎに拍車をかけた。私自身、アメリカいるはずの妻が、なぜ、上がるだけで数百万も取られる11号機のデッキにいたかのかわからなかった。一緒に死んだ上司が、社内でも有名なプレイボーイであったことも、報道に拍車をかけた。


 鬱になり家から出られず、娘の相手をし続けた日々が、一年も過ぎた頃、不意に妻が11号機にいた理由が会社側から公表された。それは前ほど、世間の注目を集めることはなかったが、腹に落ちる内容であったし、上司との不貞関係がなかったことも証明されたことから、私はようやく落ち着きを取り戻し家を出た。


次に、13号機名前が取りあげられるのに、10年もいらなかった。ケーブルに衝突するデブリを撃ち落とす装置で、初の宇宙戦争に伴って発生した大量のデブリを撃ち落とす事ができたためだ。それが名前の由来の「漫画の主人公さながらの精密性であった」と評価いただいた。


その当時、稼働していた軌道エレベーターは、50年以上前から大国が競って建設に踏み切ったものだ。宇宙で生産される食糧は地球上で生産するよりはるかに、より安価に生産できるようになっていた。藻の一種を培養し、肉のようなものから、野菜のようなものまでなんでも生産できる。気候に左右されることもなく、豊作不作もない。安定的な食料生産を可能にしていた。地球上における農業という産業は、人類のカロリーを賄うものでなく、より希少な農産物を生産するものになっていた。世の中には、畑で採れただけの人参に何百万も出す人種がいるものだ。工業製品も似たようなものだ、より品質管理の楽な衛生軌道上で生産し、地表から原材料を補う。そんな社会が成立していた。

地上の人間の仕事はますます減っていった。一部を除いて食えなくなった国々が、軌道エレベーターを管理する大国に反旗を翻したのは、当然の流れであったのかもしれない。しかしながら、戦争にまで発展することはなかった。いや、すぐに終わってしまったといったほうが良いかもしれない。軌道エレベーターは、軍事施設でもあった。静止衛星軌道上から打ち出される弾丸は、小国が発射した弾道ミサイルを瞬時に撃ち落とした。小国が所有する軍事衛星なども、ことごとく破壊された。小国は、大国の支配を受け入れる以外の選択はなかった。


その頃は、私も54になっていた。娘は、まだ15だったが、妻に似て頭の良い彼女は、家を出て留学していた。私の母も、数年前に他界しており、娘が、家を出る前に、私を1人残していくのは心配であると、よく2人で通っていた定食屋の女将との結婚を強引にまとめてしまった。まあ、お互いいい年であり、後添いもいない。すいたはれたをうんうぬんするのもめんどくさい仲で、まあお互いが邪魔にならないなら程度の気持ちで籍を入れた。それから、30年。今回 セレモニーに同行してもららっている。おかげで、私もこの歳でなんとか、この赤道直下の町まで来ることができている。


この30年くらいの間に世界は大きく変わった。当初想定された大国主導の世界秩序が、構築されることはなかった。戦勝国であるはずの、大国が解体されてしまったからだ。国際的な決め事を定め、運営し、それを守らせ、人民の生活を管理する主体は、静止衛星軌道ステーシの住人に移ってしまった。


戦争で、圧倒的な軍事力を見せつけた、静止軌道ステーションは、自らが世界の秩序を守れる主体になれることを確信してしまっった。大国の管理を離れ、独立を宣言した彼らは、自らの支配下に入るか否かの踏み絵を他の静止軌道ステーションに提示した。初めに行われたのは、静止軌道ステーション同士の潰し合いだった。地上と連絡が取れず、指揮系統のバラバラだった大国の指揮下から離れない軌道ステーションは、破壊もしくは破損させられた。戦闘中、自ら切り離されたケーブルは、支えを無くしバラバラになりながら地表に降り注ぐことになった。その後、大国を中心とした、反撃が行われたが、地表からの攻撃は彼らに届かず、宇宙にある大国の軍事衛星は、悉く撃ち落とされた。地上の軍事施設は大小をとわず全てが破壊された。


勝者となった12号機を中心とする独立派は、宇宙協議会を立ち上げ、現在の世界秩序を構築した。今の地球の平和は宇宙協議会と名乗る静止軌道ステーションの住民により維持されている。

まあ、我々庶民にとってはどちらでもいいことだ。


破壊された衛星やステーションは、解体され月基地の材料になったり、ステーションの拡張に使われた使えない部品は破砕され、ロケット等で地表から宇宙へ上がれないようにするデブリ層の材料にされたりした。現在地上につながっている軌道エレベーターは、ここシンガポールとアフリカのタンザニアの2機だけになっている。宇宙へ上がるルートはこれだけだ。静止軌道上の住民にとって、地球からの物資は特段必要でなくなってきているので、あまり多くのケーブルを繋いでおく必要はないのだ。


セレモニーの時間が迫ってきた。水平線上に太陽が沈んでいき、あたりはすでに真っ暗になっている。壇上では、アナウンサーが、カウントダウン始めた。巻き上げられたケーブルが、バラバラにされゴルゴのマスドライバーから次々に打ち出されている。うちだされた、ケーブルの破片は、デブリを巻き込み地表に落下していく仕掛けだ。ゴルゴの退役に伴い、70年ぶりに新たに建設される軌道エレベーターのケーブルをつなげる予定の空域のデブリを除去する効果も狙っているらしい。


「ゼロ」と声がかかった。北の空から、一筋の流れ星が落ちてきた。


それは次から次へと数をふやしてきいき、流れ星の洪水の様を見せ始めた。


私は、今回、寿命を迎える最初の軌道エレベーターの命名者として、新たに建設される十四番目の軌道エレベーターの命名することも依頼されている。今回のセレモニーの最後に、それを私の口から発表することになっている。


流星の洪水がおさまり、夜空が元の薄暗さを取り戻した。私は、おもむろに壇上に呼ばれ、新しい名前と最後の締めの挨拶をすることを促された。


『十四番目と聞いて、名前はこれしか浮かばなかった。「tyuuny」と名付けたいと思う。昔の日本で大人になる一歩手前の若者をそう呼んでいた。世の中を過小評価し、自分の力を過大に捉え、自分がいなければ世界が終わってしまう。そんな思いを抱きやすい年頃だ。そんな彼らが、世間を知り、自分の本当の力を知ることで、他人と協力していくことを学び始める時期でもある。そんな彼らに、我々老人は未来を託していく。人類の新たな門出を迎えた本日、新たに建設されるtyuunyが、新たな争いの種でなく、人類の繁栄の一助にならんことを祈念したい。本日はおめでとうございます。」

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