【#23】ケイトリン・ローゼンタール(川添節子訳)『奴隷会計 支配とマネジメント』(みすず書房)

■「会計」でひも解く奴隷の歴史

 奴隷制と会計。両者は決して交わらないように思えるが、どうやらそうではないらしい。本書が暴いているのは「黒人奴隷が先進的な管理手法と会計技術によって支配された」という歴史である。


 例えば、ジャマイカの砂糖プランテーションでは「ニグロ勘定」を通じて奴隷の数、性別、職種をこと細かに管理していた。実際にあるプランテーションで記帳されたニグロ勘定を見てみよう。会計期間は1767年1~12月の1年間。帳簿は見開きで、左側には「年初時点での奴隷の人数」と「出生等で増えた人数」が職種別に集計されている。そして、視線を右ページに移すとそこには「1年間で亡くなった奴隷の数」と「年末時点での奴隷の人数」が書かれていた。


 ニグロ勘定は、言わば奴隷の「バランスシート」。借方には年初時点での「在庫」と増加数、貸方には死亡による減少数と年末時点での「在庫」が記載されており、農園主はこのデータをもとに最適な労働配分を思案していたようだ。


 奴隷解放戦争の舞台として名高い米国南部でも同じ傾向が見られる。18世紀、大規模な綿花プランテーションによって発展を遂げた米国南部でも、多くの黒人奴隷が強制的に働かされていた。農園主は効率よく収益を得るために奴隷の数や職種はもちろん、綿花の収穫記録、道具の在庫一覧、奴隷の出生・死亡一覧、医師の診療記録、日々の奴隷の状態などを事細かく記帳したという。


 トマス・アフレックという人物が『綿花プランテーションの記録と会計帳簿』を販売したこともこの流れを後押しした。会計の知識がなくても、簡単に収益・費用を計算できるようになったのだ。


 こういった記録を丹念に読み解いていくと、多くの奴隷所有者がいかに科学的な管理手法に関心を寄せていたかが分かる。奴隷制といえば野蛮で非科学的なイメージがまとわりつくが、実際はその逆。帳簿を通じて奴隷を細密に管理し、プランテーションの経営に役立てていたのである。実際に、ある綿花プランテーションの平均収穫量は1801~62年の60年間でおよそ4倍まで拡大した。これはもちろん、綿花の品種改良など種々の経済的要因がかみ合った結果だが、その参考となる情報を提供したのは会計データに他ならない。


■帳簿が映す奴隷の「抵抗」

 一方で帳簿による記録が奴隷所有者の暴力的管理に拍車をかけたのもまた事実だ。奴隷の働きが可視化されたことで、収穫目標に満たない者に容易に「罰」を与えられるようになったのだ。実際に、1840年代に綿花プランテーションで働かされていた奴隷の手記にはこうある。「それぞれ摘む量が決まっていて、足りない分は背中を鞭で打たれ、プランテーションは常に恐怖に包まれていた」。


 むろん奴隷も抵抗した。逃げる、わざとゆっくりと仕事をする、反乱を企てる……奴隷たちは果敢にも所有者の支配から逃れるため、ありとあらゆるアクションを起こしたのである。そしてその痕跡は帳簿にも色濃く残っている。例えば、ニグロ勘定の「奴隷の数」の減少、「綿花の収穫量」の逓減、「道具の在庫」の不一致……。奴隷所有者にしてみれば単なる数値の変化に過ぎないかもしれない。しかし、奴隷たちにとっては命をなげうって出た決死の行動の痕跡なのである。


 このように、会計帳簿には奴隷たちの一挙手一投足、そして艱難辛苦が凝縮されていると言っても過言ではない。しかしその"物語"は、遠く離れた所有者には単なる数字の羅列としてしかみられていなかった。両者の間には相当の隔たりがあったのである。そしてこの乖離は、奴隷解放から150年以上たった今もなお生じていると著者は指摘する。


<私たちはモノをつくる労働者がなかなか見えてこない世界経済に生きている。距離と定量的な経営がこの流れを助長し、資本主義と自由という前提はこれを隠すのに一役買っている。(略)快適な会計室に身を置く者にとって、人間の数を単に紙の上の数字と見なし、男、女、子供をただの労働力と考えるのは、恐ろしくなるほど簡単なのである>


 数字の先にある労働者の"息づかい"を想像すること――これこそ、会計数値をマネジメントに役立てる第一歩なのかもしれない。

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