【#13】逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)

■独ソ戦をモチーフにしたビルドゥングスロマン

 舞台は独ソ戦下のソ連。モスクワ近郊の農村に暮らす16歳の少女・セラフィマは、ドイツ軍の侵攻によって母親と故郷を失ってしまう。一日にして絶望の淵に立たされたセラフィマに、ドイツ軍の排除に駆けつけた女性兵士・イリーナが問う。「武器を持って戦うか、それともこのまま死ぬのか」――母の命を奪ったドイツ兵、そして母の遺体を蔑ろにしたイリーナを自らの手で葬るべく、セラフィマは銃を手に戦争の最前線に立つことを決める。


 50カ国以上が参戦し、約5000万人以上が命を落とした第二次世界大戦。そのなかで唯一ソ連だけが、女性兵士が従軍した歴史を持つ。看護"婦"や軍医だけでなく、狙撃兵、飛行兵、高射砲兵、機関銃兵、爆撃手、斥候、航空整備士……など、100万人超の女性が、自ら武器を手に取り戦地に赴いた。それは相次ぐ大戦で男性兵士の数が不足したことから、国策としてプロパガンダ的手法で女性の従軍を推し進めたことが大きい。2015年にノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシェーヴィチの『戦争は女の顔をしていない』でも語られているように、自ら志願して従軍した女性兵士も少なくないようだ。


 とはいえ、軍部そして戦場ではもっぱら男性中心の価値観や考え方が漂う。セラフィマや彼女の仲間たちも"男の論理"による理不尽に、幾度となく直面してきた。訓練学校では容赦ない走り込みや体力トレーニングが課され、実戦形式の格闘訓練ではボクサー、レスラー顔負けの殴り合いが要求された。武器・弾薬も自分で担いで歩かなければならない。戦闘服はおろか、下着も軍から支給されるのは男性用のそれだった。 


 後方支援のため戦地に赴いたときも、上官から「女なんぞいたところで救援にはならない」と馬鹿にされ、また別の戦地では「あんなのが自分の女房だったらどうするよ?」「女?あれが女に見えるのか?目の錯覚だろう」と罵られる始末。ソ連兵を支配していたのは根強い女性蔑視、そして差別の論理だ。


 セラフィマはこれらの不条理を跳ね除けながら、次第に自らの存在意義を確立していく。それは「ソ連軍兵士として戦う」こと、そして「すべての女性を救う」ことの二つ。特に後者はセラフィマ自身の行動原理にもつながっているようで、本作のクライマックスである「スターリングラードの戦い」ではこれが如実に表れている。セラフィマは「すべての女性を救う」ためなら、相手が誰であれ引き金を引くことを厭わない。彼女の一挙一動からは女性蔑視や差別に打ち克とうとする意志の強さ、反骨心が伝わってくる。


■戦後は社会から疎外

 しかし、終戦後、生きて帰った彼女に待ち受けていたのは社会からの排除だった。男だけでなく従軍しなかった女性からも侮蔑の目線を向けられ、セラフィマは郊外での隠居生活を余儀なくされる。


 セラフィマだけではない。生きて戦地から帰ってきた女性兵士の多くは社会から疎外され、特に同じ女性からも敬遠されたという。実際、『戦争は女の顔をしていない』でも、復員後に「戦地で旦那を誘惑していた」「花婿を探しに行ったんでしょう」などと、同じ女性から侮辱された女性兵士の"肉声"が綴られている。


 いくら祖国を勝利に導いたとはいえ、平時ではただの「殺人者」であり社会にとっての「異物」だ。いつの時代も「異物」に注がれる目線は冷たく厳しい。そう、これは性別云々に留まる問題ではないのだ。差別の背景を「男」と「女」という単純な二項対立に落とし込まないところからも、人間や社会に対する著者の鋭い洞察が垣間見える。


 このように、本作は戦争を題材に少女の覚悟や信念の形成を描く究極の「ビルドゥングスロマン」でありつつ、多くの"敵"の命を奪ってきた女性兵士の苦しみ、憂いを精緻に記した「レポート」としての性質も帯びているのだ。デビュー作でありながらアガサ・クリスティー賞に輝き、さらに21年下半期の直木賞候補作品にノミネートされたのも頷ける。


 史実とフィクションの絶妙なバランスのもと、戦争に翻弄される一人の少女の人生をデッサンする。著者の繊細さと剛腕っぷりが光る作品だった。

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