【#12】吉浦康裕・乙野四方字『アイの歌声を聴かせて』(講談社)

■ポンコツアンドロイドが示唆する「人間とロボットの共生」

 気鋭のアニメーション監督・吉浦康裕氏は自身の作品を通して「人間とロボットの関係性」に一石を投じている。


 例えば、同氏が原作・監督・脚本を務めた『イヴの時間』(2008年)は人間と人型ロボット(アンドロイド)の"共生"を模索した意欲作だ。本作は両者を明確な主従関係を通して表現しており、特に人間はアンドロイドをこき使う存在として描かれている。果たして「便利な道具」として扱われることだけがアンドロイドの存在価値なのか。人間がロボットと共存するために必要な考え方とは――。


 本作『アイの歌声を聴かせて』は、そんな『イヴの時間』で掲げた問いを科学技術が進歩した現代風に再構築し、一つの答えを導き出している。


■役に立たないアンドロイド

 AI研究者を母に持つサトミが通う高校に一風変わった少女・シオンが転入してくる。シオンは実はサトミの母によって作られたアンドロイドで、社会実装に向けたテストを兼ねて転校してきたのだ。学校で孤立しがちだったサトミは、天真爛漫なシオンに振り回されながらも徐々に周囲と打ち解け、本来の明るさを取り戻していく。


 人間はAIやロボットをとかく「役に立つもの」「生活を便利にしてくれるもの」として認識しがちだ。例えば、最近何かと話題の自動運転技術は人間から「車の運転」という負担を取り除くことで役に立っている。「アレクサ、〇〇して」と呼びかければ電話をかけたり音楽を流してくれるし、使い方次第では家電を操作できる。オフィス清掃や物流倉庫のピッキング、農産物の収穫などでも今やロボットが当たり前のように活躍している。このように、AIやロボットは生活の隅々に浸透しており、われわれの暮らしをより便利にしていることに疑いの余地はないだろう。


 一方、シオンの振る舞いは決してヒトの役に立っていない。柔道の練習用ロボットを暴走させる、クラスの王子様的存在の男子(ゴッちゃん)を誘惑しその恋人(アヤ)を勘違いさせる……など、むしろトラブルばかり起こしている。


 しかし、シオンの行動によって、サトミを取り巻く状況が好転していったのもまた事実だ。シオンが転入してくる前から仲たがいしていたゴッちゃん・アヤのカップルは今回の一件で仲直りし、無冠の柔道部エースは大会で初勝利を勝ち取る。険悪だったサトミとアヤの関係性も良好になり、ついにサトミはクラスでの居場所を見つけていく……。

 

 その中心にいるのがシオンであり、彼女が引き起こしたトラブルだ。まさに「災い転じて福となす」というわけである。


■「存在を受け入れる」

 この「役に立たない」という価値こそ、『イヴの時間』で掲げた問い、すなわち「人間とロボットが共存するために必要な考え方」につながってくる。つまるところ、人間とロボットがうまく共生するには、存在そのものに価値を認める態度が重要なのだ。確かに「便利」「役に立つ」という物差しだけでみると、役に立たないロボットは人間からぞんざいに扱われたり、捨てられてしまう。実際に、『イヴの時間』ではオーナーから足蹴にされるアンドロイドや故障寸前で廃棄された旧型のハウスロイド(家事目的で作られたアンドロイド)にまつわるエピソードが描かれている。

 利便性という視点だけでみると、人間とロボットの共存は程遠いというわけだ。


「役に立つ」「立たない」という尺度でみるのではなく、存在そのものを受け入れる。これは科学技術が進歩し、AIやロボットがよりわれわれの生活に根づくであろう社会を生きていくうえで、肝に銘じておきたい考え方だ。

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