【#2】今村夏子『とんこつQ&A』(講談社)

■不気味な雰囲気漂う短編4編

 ほのぼのとした表題。白を基調にしたポップな装丁。その牧歌的な印象に引きずられ、ハートフルな物語を期待して読み進めれば、きっと痛い目を見ることだろう。本書に収録されているのは、いずれも不気味で背筋が寒くなる作品ばかりだから。


 表題作『とんこつQ&A』は「とんこつ」という名前のラーメン屋が舞台。店主である「大将」と大将の息子(「ぼっちゃん」)の2人が切り盛りする店に、ある日アルバイトを志願する「わたし」が訪れる。お客と満足にコミュニケーションが取れないわたしは、『Q&A』という名の「想定問答集」をポケットに忍ばせることでこれを克服する。


 純文学にありがちな、「ディスコミュニケーション」を乗り越え、成長するさまにフォーカスした作品。そう思いきや、「とんこつ」に新たなアルバイトが現れたことで物語は思いもよらない方向へと舵を切る。


 背筋が寒くなるという意味では『嘘の道』も出色だ。エキセントリックな行動と言動が災いし、周りからのけ者扱いされている正(ただし)という少年。主人公の姉弟は、その「正常」な感性ゆえに周囲と同じように正を仲間外れにするが、ある出来事をきっかけに彼女らも「正しい」道から外れていく。正、そして姉弟をめぐる周囲の態度がめまぐるしく変化するさまは、決してフィクションの光景ではない。

 

『良夫婦』は正義感の強い主婦・友加里の目線で物語が紡がれる。困っている人を見過ごせないという友加里の性格が災いし、親交を深めていた小学生にケガを負わせてしまう。このケガをめぐって描かれる友加里の利己的な一面、そして日常へと戻っていく様子はまさに「人間」らしい。


 短いながらもパンチ力を秘めているのが『冷たい大根の煮物』だ。プラスチック工場に勤める主人公に近づいてきたのは、ことあるごとに無心してくることで有名な芝山という同僚だった。が、周囲の評判をよそに、親切な態度で主人公に接する芝山だが、その行動にはもちろんある意図があってのことだった。


■誰しもが持つ「純粋さ」ゆえの「異常さ」

 人間の持つ純粋さが他者を無自覚に傷つけ、やがて取り返しのつかない事態を招くというのが著者の得意とする作風だ。デビュー作の『こちらあみ子』(ちくま文庫)も主人公・あみ子の純粋さが原因で母の「やる気」が失われたし、『父と私の桜尾通り商店街』(角川文庫)では「私」の純粋さが父親の生気を奪った。


 本作も同様である。『とんこつQ&A』のわたしも大将もぼっちゃんも、『嘘の道』の姉弟とその両親、姉弟の幼なじみも、『良夫婦』の友加里夫婦も、『冷たい大根の煮物』の芝山も、みながみな純粋で、その純粋さゆえに修復不能な事態を招いてしまう。


 本作の登場人物を「自己中心的」「自分勝手」と断じるのは簡単だが、それはあまりにも視野がせまいと言うほかない。人間誰しも多かれ少なかれ純粋さを内包しているもの。自らを「正常」と棚に上げ、評論家ぶって他者を評価したところで、判断基準は自己の物差しだろう。自分では気づいていない、底知れない「純粋さ」「異常さ」を孕んでいるかもしれない。


 彼・彼女たちの一挙一動に背筋が寒くなる一方、どこか他人事のように感じないのは、私自身もまた「純粋」で「異常」だからだろう。

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