第7話 喜ぶ者と一緒に喜び、泣く者と一緒に泣きなさい(聖書)
現在、ホストクラブで多額の売掛金を負うのは、地方出身の未成年者が多い。
昨年あたりから、未成年者でも親の同意なしで、売掛金可能になっていから、そういった女性が増加の一方である。
竹内が呆れ顔で口を開いた。
「まあ、俺たち男性側からみて、沼ホストの罠にひっかかり、泥沼にはまる女性にスキがあるなんて言ってしまえば、身も蓋もないよ。
しかし、多額の売掛金という事態は女性本人のみならず、家族まで巻き込むので深刻だよな」
尚香曰く
「私は幸か不幸か、今まで色恋もしたことはないし、男性に煽られて言いなりになった体験もないわ。
あっ、仕事は別よ。でもいくら仕事上のことといえども、あまり度が過ぎるとパワハラなりかねないけどね」
僕も思わず
「まあ、アダルトビデオの強制出演でも狙われるのは、地方出身の学生だというな。
相談相手もなく、法律にも疎い。
なんでも元スカウトマン曰く、丸っこい靴を履いた野暮ったい子を狙うというな。要注意だよ」
尚香曰く
「私はずっと都会育ち、両親とも都会出身で、田舎というのはないの。
だから、都会のネオンに憧れるなんてことはなかったわ。
でも、地方出身の人はネオンの輝きイコール孤独を癒す成功の道しるべみたいに思ってしまうのよね。
そして、都会の人というのは、スマートで垢ぬけているなんてイメージを抱いている人も多いわ」
なるほどなあ。しかし、ホストの売掛金は多すぎる。
一回目来店時は、初店ということで、現金三千円。そこで担当ホストを一人決める。
二回目来店は、半ば担当ホストの言いなりになりつつ、二万円の売掛け。
三回目来店時は、完全に担当ホストの言いなりになりまくり、
シャンパン20万円、シャンパンタワー150万円、トータル187万円の売掛けをつくってしまう。
もし女性客が払えなければ、ホストが自腹を切らねばならない。
どうしても、支払いが滞る場合は、ビシッとした会計係というのが登場してきて、ほとほと困りはてた顔のホスト、焦り顔の女性客、ビシッとしたムードの会計係が三者面談をして、支払い方法を決めるという。
恐らく風俗店勤務が多いだろうが、決して強制はしない。
あくまで下手に「担当ホスト君は、あなたが売掛金を支払わないために、非常に困っている。このままでは、ホスト君があなたのかわりに自腹を切らねばならない。
あなたの売掛金返済のために、新しい仕事をご協力させて頂きます」というソフトな態度をとって、女性客に話を進めていくが、大抵が風俗店勤務のケースが多い。
あくまでも強制的に、女性を風俗店勤務に追いやろうとしている口調ではない。
あなたさえ、我慢してくれればすべては丸く収まるといった、一見温厚な態度をとり、担当ホスト君は、女性に土下座しないばかりに涙ながらに懇願する。
すると、気のいい甘言に弱い女性は納得してしまうケースが多い。
もちろんそういったことが、すべてに通用するとは限らない。
初回来店のときは、写真付き身分証明証を提示するのであるが、それ自体がミテコ(偽物)のケースもあったり、女性客が飛ぶ(行方不明になる)ケースもある。
しかしそういった女性客は、ホストクラブの間ですぐ情報が出回る。
ホストクラブ間は横のつながりが多いから、あのホストが飛んだだの、あの女性客は他店で飛んだから、今度も飛ぶ危険性充分であるという危険な情報網は、すぐ伝わっていく。
尚香はため息顔で言った。
「田辺聖子さんの小説のなかに「バカでは女稼業が勤まらない」というセリフがあったが、本当にその通りね。
まあ、私は不倫もホスト狂も体験していないけどね。でも被害女性を救いたいという気持ちはあるわ」
竹内が感心したように言った。
「えらい。尚香ちゃんは人格者だ。人の不幸は蜜の味なんていう、ゴシップ好きが多いなかで、尚香ちゃんの未来には、きっといいことがあるよ」
尚香が答えた。
「私がそうなったのは、高校時代のクラスメートが原因だったの。
その子は、あることが原因でいじめを受けたせいだろうか。まさに人の不幸は蜜の味という感覚の持主だったわ。
その子は、つきあう同性の友人や彼氏にまで、親しくなったら嫌味や相手の傷つくことを言うの」
僕は呆れ顔で言った。
「親しくなった相手に嫌味を言う。もしかして彼女は、自分と同じ心の傷を相手に味わわせようとしているのかもしれないな」
竹内は答えた。
「いじめられてきた人間は、いじめるようになるという最たるパターンだよな。
家族にいじめられた人間は、身近な人にそれをぶつける。そこからいじめが発展していくケースが多い。
しかしその中でかばってくれる人がいなければ、ますます堕ちる一方であり、結局そういった人が犯罪者予備軍にならざるを得ない。
日本語の話せない外国人の子供もそのパターンだよな。半グレもそのパターンだよ」
「僕はクリスチャンとして、弱い人を救う人間になりたい。
なぜならイエスキリストは、神のひとり子だけど、人類の罪の身代わりになって十字架に架かられたんだ。
イエスキリストの時代は、身分差別がはっきりしていたが、この世の最下層の遊女や取税人とも共に食事をされたんだ」
尚香と竹内は同時に疑問形をぶつけてきた。
「遊女と取税人ってなんのこと? もしかして遊女というのは、今でいう風俗嬢のことなのかな? 取税人というのは借金の取り立て屋のこと?」
僕は、牧師である父親から教わった通りに答えた。
「遊女というのは、今でいう売春婦のことだよ。
取税人というのは、町のチンピラであり、女子供から金を奪い取る悪辣な輩をいうんだよ」
尚香と竹内は頷いた。
今、僕はかすかな幸福を味わっている。
こうやってカフェ リバーオーバーで三人で過ごす時間がこんなに有意義だとは思わなかった。
リバーオーバーというのは、川の向こう側という意味だが、今泳いでいる川の向こう側には、別世界が広がっている。
最終的には、どんな川でも流れにのって海へと向かって行く。
僕がふとそんなことを思っていると、またニュースが飛び込んできた。
「小中学校の不登校児が、ここ二年で急増していてなんと三十万人になっています。フリースクール以外でも、そのことに取り組んでいる元不登校だった女教師もいます。その女教師は、小、中学校のとき二回ほど不登校になり、自分に将来はないのではないかと危惧したが、そののち教師になったという極めて珍しい例です。
自ら学校に行けなかったという体験を活かし、オンラインを通じて勉強を教えたり、会話をしたりしているようです。
またある中学校では、不登校が安心して高校に進学できるような取り組みもしています。要するに教師の熱意次第で、不登校は防げるかもしれません」
僕は救われた気持ちになった。
実は僕も、父親がアウトローだった時代、いじめを受けて不登校になりかけたこともあったが、そうならなかったのは、母親をこれ以上悲しませたくなかったからである。
それでなくても、母親はいつも金銭的には苦労し、父の浮気癖には悩まされていた。
その上、僕まで問題を起したら、母は心身ともに壊れてしまい、精神病になってしまうかもしれない。
まあ、現在は父は牧師となったので、浮気することもなくなったのであるが。
当時の母は、チューハイとタバコだけが楽しみだった。
まあ現在は、母も父同様に牧師になったので、酒もタバコも卒業したが。
尚香が驚くべきことを口にした。
「私、昨日のニュースを聞いてびっくりしたの。
ついに国会でホスト問題が取り上げられるように発展したけど、ホストクラブによっては、入学金や奨学金の払えないホストに、前借りさせている店もあるというの」
竹内は、納得したように言った。
「それで、ホストは大学生が増加してきているのか。
そういえば、この前貢がせたあと、逮捕された大学生もいたくらいだなあ。
大学生ホストもホストクラブに借金を返すためには、ホストクラブの言いなりになるしかないものなあ」
まったく多額の売掛金というのは、恐ろしい結果を招くものである。
たいてい、その被害者になるのは、世間と恋愛のことをわかっていないZ世代が多い。特にホストクラブの場合、恐怖の青伝票ー五十万以上の多額の金額、しかし日付も詳細を記されていないーをつきつけられると、女性客はなにもいえなくなってしまう。しかし女性客が払わないと、ホストが自腹を切ることになってしまう。
行きつく先は、女性客の売春行為で返済するしかないという悲劇が起こり、そこから梅毒が発症し、このままでは人類が滅亡してしまいそうである。
歌舞伎町を起点とした、日本人滅亡の危機が始まりそうである。
国会が取り上げて下さったことは、まさに感謝である。
しかし、こんな事実が世間に公表されると、ホストクラブは売掛金だらけの悪魔の館のごとくに見られ、女性客も寄り付かなくなり、現役ホストもいくらあぶく銭を稼いでも、いずれは詐欺の片棒を担がされて逮捕されるという危惧感にかられ、ホストクラブは減退するのではないか。
だいたい、二十年前のホストブームの頃に頃から、警察はホストクラブを減退させようと思っていたそうだ。
理由は、警視総監の娘をうまくだましたホストがいたからである。
それ以来、ホストクラブの規制が厳しくなり、抜き打ちで売上伝票のチェックやメニューに料金表を客に提示しているかどうかを、定期的に見張りにくるという。
なかには、ホストクラブを浄化しよう、健全化し、社会に信用されるようにチェンジしていこうとした二十代の経営者がいた。
マスメディアにもアイドルホスト経営者ということで取り上げられ、自伝まで発行したが、結局は失敗に終わった。
理由は、その経営者の店のホストが、複数で女性客に暴行事件を起こしたからである。それ以来、その経営者はホスト業界から身を引いていった。
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