不倫の正体は錆びた風鈴

すどう零

第1話 僕は不倫を救う使命を与えられた

 初めましてじゃなかった。

 僕の名は清竹裕貴、前回の「元アウトロー牧師の息子だが彼女を立ちんぼから救わなければ」でお目にかかった元アウトロー牧師の息子です。


 僕は今、神からひとつの大きな使命を与えられました。

 それはこの愛する日本から不倫をなくしていこうという使命です

 現代こそ不倫が大きく取り上げられていますが、だいたい不倫なんていうのは江戸時代前からあったもの、女性の地位が向上したから、マスメディアで取り上げられるまでに発展したのです。

 ということは、別の言い方をすれば、不倫は女性が泣き寝入りするしかなかったということでもあります。

 昔の痴漢容疑のように「女性の方にこそ原因があった」と見なされ、挙句の果てに女性のプライバシーまで暴かれ、深夜帰宅や薄着であると「それ見たことか。やはり女性の方に痴漢される要因があったのだ。いや、女性の方から誘惑したに違いない」と一方的に女性側が悪と見なされた時代もあったのですよ。

 現代は、それとはまったく逆に、女性側と目撃者がいれば、相手の男性が痴漢だと見なされますがね。

 時代は徐々に女性を認める側に、変わりつつあります。

 

 なぜ、僕がこの不倫救済に出たか?

 それは話せば長いけど、やはり僕の友人ー内田佳紀の母親である内田佳子おばさんの話を聞いたときからです。

 内田佳子おばさんは、若い頃不倫をしていた挙句、相手の家庭の息子が非行に走ったというのを聞いて以来、自分から身を引いた。

 しかしその息子が、ホストをしているという噂を聞いて、真相を確かめにホストクラブに通ったこともあったそうだ。


 彼の名は井宮祐也と言った。

 内田おばさんは、二十二歳のときOLをしていたが、得意先の営業マン井宮祐介と出会った。

 内田おばさんが、今まで接したこともないワイルドでネガティブな男性。

 内田おばさんが伝票ミスをしたとき、庇ってくれたのが営業先の井宮祐介だった。

 学生のとき、内気一方だった内田おばさんは、二十歳も年上の祐介おじさんに声をかけられ、たちまち夢中になってしまった。

 初めてのデートは、内田おばさんが憧れていた、雑誌でしか見たことのない高価なイタリアンレストランだった。

 苦労話をニコニコと笑顔を交えて流ちょうに語る祐介に、内田おばさんはすっかり夢中になってしまった。

 内田おばさんにとっては、祐介とのデートが初めての異性とのデートであり、恋のきっかけだった。


 祐介おじさんは、内田おばさんの今まで全く縁のなかった世界の話をしてくれた。

 二回目のデートは、隠れ家的なフランス料理のビストロだった。

 三回目からは、人目を忍ぶように祐介おじさんの車でドライブすることになった。


 中学二年の頃、ハンドボールの他校試合があったが、祐介が相手チームと暴力沙汰のケンカをして、出場停止を言い渡され、試合には出られなくなってしまった。

 出場停止を言い渡されたとき、祐介は自分の暴力を反省するよりも、相手方チームを責めた。先に手を出してきたのは、相手方じゃないか。

 しかし喧嘩両成敗。世の中は、そんなものは通用しない。

 

 もともと、祐介は小学校のときからケンカ早かったので、祐介の所属していたチームは、誰も祐介に同情はしなかった。

 人から見放されるという体験をした祐介は、人生が変わったような絶望感があった。しかし、いつまでも絶望している場合ではない。

 祐介は元々勉強嫌いであったが、とにかく勉強だけはしようと回心した。

 とはいうものの、祐介の家庭は裕福ではなかったので、塾に通わせるという余裕などなかった。

 どうしたらいいだろうと考えあぐねていると、あるアイドルの著書のなかに、教科書を丸暗記し、ドリルを最低五回繰り返すことで、学年で一番の成績をとったというのを読んで、早速実行してみようと決心したという。

 最初はチンプンカンプンながらであったが、母親から

「読書百回、言いおのずから通ずというでしょう。最低十回はリピートしなさい。

 私は祐介が勉強してくれて嬉しいよ。将来は暴走族にでもなったらどうしようと不安で仕方がなかったんだ。

 スポーツや芸能の世界は、いくら努力しても報われないことが多いが、勉強だけは平等だよ。誰でも努力することで成果が得られるんだよ」

 初めて母親から褒められた嬉しさもあり、祐介は教科書を繰り返して読んでいるうちに、丸暗記できるようになった。

 すると今まではチンプンカンプン状態、半ば絶望的だったドリルの問題も、すらすらと解けるようになった。

 数学の場合は、問題を見ただけで方程式が思い浮かぶまで暗記した。

 いつしか祐介は、まわりから認められるようになり、一度失敗した人間でも、努力次第では名誉挽回できるということを体験した。

 

 高校は進学校に進んだが、家庭の事情で大学進学はあきらめることになった。

 奨学金をもらっても、返済する自信などなかったし、早く働いて母親をラクさせてあげたかった。

 そういった意味では、祐介は親孝行だともいえる。

 内田おばさんは、祐介の話を聞けば聞くほど、しびれるほど魅かれていった。

 現代でいう推し活に似ていた。


 帰り際に祐介おじさんは言った。

「オレには妻がいる。しかし、妻は大学院まで卒業した秀才で、いつも僕を見下すような目で見るんだ。

 いや、本人は意識していないが、いわゆる今まで生きていた世界が違うとでもいうのかな。

 それに営業の仕事は、顧客に気を使い、厳しいノルマまであり、気苦労の連続。   そんな日常をふと忘れるために、君みたいな美しい女性と別の世界に浸りたいんだ」

 内田おばさんは、祐介の一見控えめだが、強引さを秘めた物言いに魅かれた。

 すると急に祐介は、ラブホテルへと車を停めたが、内田おばさんは祐介に身を任せるつもりで、祐介の誘いを断ることはなかった。

 いきなり祐介は、内田おばさんにディープキスをしてきた。

 時間がたつのを忘れるほどの、長いキスだった。

「君は少々内気にところがあるが、僕は君にもっと輝いてほしいんだ」


 五回目のデートは、やはり行きつけのラブホテルだった。

 祐介が車を停車して、入ろうとしたとき男性の人影が見えた。

 なんとそれは、祐介の一人息子である祐也だった。

 いきなり車の前に飛び出してきて祐介おじさんに言った。

「じじい、またこの地味なダサい系の女と遊んでるの?

 おかんは、心労で寝込んでる最中。このままだとうつ病になっちまいそうだ」

 次はなんと内田おばさんに

「このじじいには、もう先約がいるんだ。あんたもじじいの口車に乗せられた口か」

 えっ、先約?というと、祐介は私以外に不倫している女性がいるという証拠。

 内田おばさんは祐介へのあこがれが、一気に冷めていくのを感じていた。


 祐介の一人息子である祐也は、祐介の不倫が発覚してからレイプ未遂事件を起こしたという。

 祐介の不倫が発覚するまでは、母親がパートで働くごく平凡な家庭だった。

 そう裕福ではなかったが、母親は夫祐介のために、毎晩手料理を振る舞い、笑顔が絶えない家庭だった。

 しかしその笑顔は、母親が夫である祐介の不倫を見て見ないふりをしているという、隠しごとに基づいた偽りの笑顔でしかなったことに、息子祐也は気づかずにいた。

 祐介の不倫が発覚したとき、祐介曰く

「伝説のアウトロー大親分田岡氏の妻ふじ子夫人は、田岡氏の浮気が発覚しても、なんと愛人の面倒を見てやったという。

 ふじ子夫人曰く「男が外で流す恐怖に満ちた涙と、女が内で流す涙の量とは、試験管で計ったら同じ分量だと思う」と言ったという。

 少しはその人の爪の垢でも煎じて飲め」

 しかし、祐介はアウトローでもなければ、妻はアウトロー婦人でもない。

 要するに、祐介は不倫を正当化しているだけに過ぎないし、改める気もない。

 この事実が発覚してから、息子祐也は父親に対する憎悪感と軽蔑感さえもつようになった。

 祐也もまた母親のためにも、なんとか父親祐介の不倫を食い止めなければと切望していたに違いない。

 

 しかし当時の内田おばさんは、祐介こそが自分を理解し愛してくれるというおめでたい勘違いをしていた。

 祐介曰く「君が僕から離れていくのは自由だ。しかしいつ帰ってきてもいいよ。

 僕は永遠に君の味方だ」などと調子のいい殺し文句を、内田おばさんは永遠の愛だと勘違いしていた。

 それは言い換えれば「君には利用価値がある」という意味でしかないが、内田おばさんは初めての恋もどきにすっかり舞い上がっていた。


 



 


 

 

 

 

 


 


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