第22話 希望の『決意』

 次の日、僕は日の暮れる夕方にオズガルド高校に行った。昨日の夜に僕は、暇にしてた蠅に頼んでいじめをする奴らについて調べてもらっていた。いじめの主犯格は間宮胡桃まみやくるみという女であり、その美貌と影響力から学校のフィクサー的な存在らしく、同級生の男女に一目置かれ、彼女を抑える立場である生徒指導主任の松林も彼女の美貌の虜になっているらしい。その結果、彼女の行ういじめを誰も抑える事が出来ず、春奈さんの事を助ける事が出来ないという仕組みが出来てしまったらしい。そのせいで過去何人かの同級生が自主退学したという事も分かった。


 「全く酷い話だ...こんな事をする奴がクラスのトップ的な人だなんて。」一人で悔しんでいると、カルマが言った。

「仕方あるまい、これが人間の浅ましい本能というものなのだ。人というのは野生の動物よりも集団行動に固執して、平等・平穏・正常というものに執着し、その輪を乱す者は徹底的に潰す。どれだけ非常な事でも、それが正常と輪が認識すれば逆らう事は出来ない。ここまで愚かな動物である所以も、リスクを恐れる優秀な頭脳があるからというのも、なんとも皮肉な話だ。」確信を付くその発言に、僕は重ねた。

「それなら僕が、その輪を壊せばいいんだね。」そうして僕は高校の正門に足を踏み入れた。


 「おいブス女、昨日は私との約束を無視してすぐに帰ったらしいじゃ〜ん。全く、約束を破ったらどうなるか分かってるよね?は〜い、マチ針5本刺しね。...ほらほら、動かないの。」

「痛っ!!痛い...や...止めて...もう許してよ...」

「何言ってんのよ。あんたが昨日、私との約束を無視したのが悪いんでしょ?皆も、約束破る悪い子さんにはお仕置きが必要って思うよね?」古い棟の裏で、胡桃は何人かの同級生を連れて春奈さんをいじめていた。そこにいた人たちは面白がる反面、その光景に恐怖する者も少なからずいた。このいじめは、胡桃にとって自分の力を見せつけて周りの人に対抗させない為の見せしめだったので、この行動は理にかなっていた。


 「まぁ良いわ、このままブサイクな豚のあんたが、私から逃げられなくなるようにちゃんとメス豚奴隷ちゃんに調教してあげるから。ほら、その竹刀貸して。」そうして隣にいた剣道部の男の子から貸してもらった竹刀を両手に持って構えた。

「(嫌だ...もうやだよ...)」恐怖のあまり、体を震わせ涙する春奈さんはその時、昨日の河川敷での会話を思い出した。

「(『前を向いて下さい。例えどんなことがあっても、あなたが死ぬ必要はないんです。』そうだ...前を向かなくちゃ...怯えてちゃだめ...立ち向かうの!)」すると春奈さんは胡桃を睨みつけ、声を大にして叫んだ。

「な、殴ってみなさいよ!!私はあなたなんかに屈しない、あなたみたいなクズ女にはね!!」それを聞いた瞬間、周りにいた人たちからはどっと笑いが込み上げた。言われた胡桃の顔は、だるまのように赤くなっていた。

「はぁ〜随分と言ってくれるわね?...そんなに殴られたいなら、言わなくても殴ってやるわ!」そう言って竹刀を大きく振りかぶった。


 「(負けない...!!)」春奈さんの頭に竹刀が当たる瞬間、横から胡桃に何かが飛んできてぶつかり、彼女は少しふっ飛ばされた。突然の出来事にその場の全員が困惑していたが、徐々に全員が冷静になっていき、今飛んできたのが松林のボコボコにされた後の姿であった事に気がついた。

「はっ?な...何であんたが、こんなボコボコにされて飛ばされてきたのよ...?」胡桃が驚いて尋ねると、松林が口から血を吐きながら言った。

「ごぶっ...お、お前...許さないからな...俺があんなに色々、無視してやったのに...」

「ど...どういう事よ、あなたにはお礼で色々してあげてるじゃない!」

「『先生とエッチをしてる』って事がお礼なんですか?全く...どっちがメス豚なんですかね?」僕はさっきまでの一部始終を影から見て、胡桃が春奈さんをいじめるタイミングで先にボコボコにしておいた松林を投げたのだ。


 「誰よあんた...不審者?警察に通報するわよ...?」

「やってみればいい、出来るならね。」

「ふん...いい度胸ね。皆、今すぐ警察に通報して!!」胡桃が後ろの皆に言うが、その場に居た者は皆、持っていた携帯のカメラを胡桃に向けていた。そのままニヤニヤしている奴らを見て、胡桃は怒った。

「な...なんで通報しないのよ!!あんた達分かってんの、これは事件よ!?」しかしその場にいた奴らは何も言わずにカメラを向けただけだった。そこで僕は言った。

「お前の化けの皮が剥がれたんだ。お前は今、先生とエッチしていじめを口封じをする強欲で卑劣なメス豚だ。そんな奴に誰がついていくんだ?そこのお前ら、そのカメラ止めるなよ。」そして僕は右腕を大きくした。

「待って...なんで私がこんな目に合わなきゃなんないのよ!!このブス女をいじめて何が悪いの!?ほら...そこにいる皆だって、喜んでやってたじゃない!なんとか言ってよ、ねぇ!!」胡桃が周りの皆に訴えると、さっきの剣道部の男の子が言った。

「お前が怖かったから...何も言えなかっただけだ。お前みたいなクズと一緒にするんじゃねぇ!お前はもう終わりだ!」すると、それを皮切りに他の人達も次々に野次を飛ばした。一気に立場を失った彼女は、ただ無様に泣くことしか出来なかった。そこで僕は1つ、思いついた提案をした。

「そんなに嫌なら、一回チャンスやるよ。今から春奈さんに全力で謝ってみろ。彼女の答えによっちゃ、助かるかもしれないな?」すると、胡桃は涙を流しながら必死に土下座をして謝った。


 「ご、ごめんね春奈さん...これからは、一緒に楽しく学校生活送ろうね...?」それを聞いた春奈さんは土下座する彼女の前で屈み、そして針で刺され赤くなった手でビンタをした。

「...えっ?」唖然とする胡桃に、春奈さんは鬼の形相で言った。

「そんなんで許すわけ無いでしょ...あなたは私以外の...何人を言いなりにさせてきたのよ!!そんなあなたは、それ相応の罰を受けるべきよ!」その声を聞いた僕は、右腕を振り上げた。

「だってさ。それじゃあね。」

「ま...待って...!お願いします...止め...」奴の言い訳も聞かず、僕は胡桃の顔面に拳を叩き込んだ。鼻と歯が完全に折れ、血まみれになった胡桃の顔は元の美貌から見るも無惨な物になっていた。


「おいおい、本当に殴りやがったぞあの人?」

「ダークヒーローって奴か?すげー...」カメラを構えていた奴らがざわざわしていると、僕はそいつらに向かって言った。

「お前ら、もしかして自分は無罪って思ってるのか?悪いと思っていて彼女をいじめていたのなら...彼女に少しでも謝る気持ちはないのかよ?お前らだって、この女と同じだぞ!」僕の喝に、ざわめいていた彼らはすぐに静かになった。すると、後ろに居た春奈さんが優しい口調でかつ笑顔で言った。

「別にいいですよ。今後は私と仲良くしてくれればそれで十分です。本当にありがとうございます。」僕はそれを聞いて、高鳴る胸の感情と大きくなった拳を下ろした。


 〜夜になった街を僕は歩いていた。あの後松林と胡桃は近くの病院に搬送され全治3週間の怪我で済んだが、その後にあそこで撮られた動画が問題となり胡桃は退学、松林は保護者会と教育委員会でしっかりと干された後に解雇処分となった。僕もあの動画で少し有名にはなったが、謎のダークヒーローとして称賛され、特に言われる事もなかった。春奈さんも今回の出来事で少しクラスメイトから距離を取られるようにはなった。だが彼女の優しく真っ直ぐな性格なら、きっとすぐに溶け込めるだろう。


 「ん〜〜!はぁ...疲れたなぁ...」正直、初めに計画を立てた時は何も考えていなかったが、いざ一人で人助けをやり遂げると自分の中でこみ上げる物があり、達成感と開放感があった。

「...えっ、もうこんな時間なの?早く村に帰らないと、夕飯が冷めちゃう。」外にあった茶色い時計を見た僕は、夜の街灯の灯りで照らされる明るい街を一人、暗闇に向けて駆けた。見た時計は、8時半をとうに過ぎていた。




 

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