魔王に育てられた勇者

男気

第1話 プロローグ

真っ赤に燃え盛る城を背に、男は追手から逃げていた。

その城は男の物であった、正確に言えば国王から譲り受けた物であった。

その国でも随一の大きさを誇り、この男が国王からのどれほどの信頼うけているのかを表しているかのようであった。

国民からの信頼も厚く、その城には平民であれ、奴隷であれ、自由に出入りできた。この国平和を象徴する場所でもあった。

そんな場所が、業火に飲まれている。平和の象徴は地獄へと姿を変えていた。

何者かが火を放ったのだ。

男は誰が火を放ったのかはすぐに気づいた。

「クソッ、あいつらここまでするか!」

男は叫びながら森の中、馬を走らせる。

その背には生まれたばかりの赤ん坊を抱えながら。


「追え、必ず息の根を止めろ一族もろとも皆殺しにしろ。」

小太りの人を不快にさせる顔をした男が兵士たちに葉っぱをかける。

趣味の悪い装飾品を身に纏い、そのだらしない体型を隠しているかのようであった。権力はあるが、民衆からの人望はほとんどない人間だと言うのは、

見た目からして明らかであった。

権力という蜜の味を知ってしまった人間はやがて、なぜ己が権力を与えられたのかという目的を見失う。そして目的が、権力を維持することにかわる。

この小太りの男はその典型であった。

この男以外にもそんな人間がこの国には多くいた。

この国の政治はとっくに腐敗し切っており、国王も頭を悩ませていた。


しかし平民上がりの男が、それを打開した。

その男は平民から己の腕っぷしだけで騎士になり、

戦果を上げ続け、国王から爵位を授かるほどになった。

国随一の城を貰い受け、領地の民はその男を頼りにしていた。

騎士上がりということもあり、国内の精鋭たちがその城に集まった。

強さを求め、そして義理を通すために。

その城は鉄壁を誇り、「不可侵領域」と表されるほどであった。

「不可侵領域」を突破できるのは国内の人間か、貴族ぐらいであった。

強きものが弱きものを救い、お互いの信頼関係を深めていくその姿は、

国王が求めている姿そのものであった。

だが貴族たちは真逆であった、弱者からは奪い、強者に取り入る。

弱者を標的にするのは、単純に奪いやすいからだ。

抵抗すれば、武力と権力で黙らせれば良いとおもっている。

彼らが最も恐れているのは、己と同じもしくは少し上の力を持ち、

国民と国王からの支持を得ているものだ。

平民上がりのその男は、貴族たちにとっては目障りでしかなかった。

表向きは友好を装い、裏ではやられる前にやらねばと思っていた。


そして貴族たちは、火を放った。城を守る騎士たちが出払っている時を見計らい、城の中にいる人もろとも。


男は馬を走らせ逃げていた。とにかく遠くへ。

国内で唯一頼れるのは国王しかいない、

それは男もわかっていた、だが義理堅いその男の性格がそれを許さなかった。

「見つけたぞ!」

男が振り返ると、軽装の兵士たちがいた。

その奥に、他の兵士たちとは違う空気を放つ男がいた。

「アイザック・・・、お前・・・。」

男は、顔をゆがめ悲痛の表情を浮かべた。

「・・・すまない。」

そう言いアイザックは弓を引くと、

男はすぐさま馬を走らせた。

矢は男の脇腹を貫いた。幸い赤ん坊には当たらなかった。

血を流しながら男は馬を走らせた。

兵士たちはそれを追う。

男と兵士たちは空が次第に紫色になってきていることに気づいていなかった。


「待て!」

アイザックが兵士たちを止める。

男は、そのまま森の奥に消えていった。

「なぜですか!?」

兵士の一人がアイザックに聞く。

「空を見ろ。ここは不可侵領域、『魔王の住処』だ。」

兵士たちは紫がかった空を見上げるとガクガクと膝を振るわせ始めた。

「いやだ、死にたくない・・・。」

「安心しろ、まだここは入り口も入り口だ。だがこのまま追い続けていたら・・・。」

アイザックは小さく息を吐き。

「帰るぞ。俺たちの任務は完了だ。あいつらはおそらく死ぬ。」

アイザックは兵士を連れ、森を引き返した。

アイザックの言っていたことは半分はあっていた。

アイザックが引き返したその後、男は森の中で子を抱えたまま息を引き取った。

***

趣味の悪いアンティークが飾られた部屋に入り、

アイザックは森の中での出来事を貴族に報告する。

「そうかよくやった。」

ニンマリと笑ったその表情を見てアイザックは、唇を噛み締め、

「任務ですから。」と淡々と答え、

部屋を後にする。

その翌日、国王死去の新聞が国内を駆け回った。

***

「おい、そこは俺のお気に入りの場所なんだどいてくれないか・・・。」

何者かの声が聞こえた、起きあがろうとしたが体に力が全く入らない。

「・・・すまないな、もう指一本も動かせないんだ。」

微かに開く目で、映るのは何者かの足であった。

「お前死ぬのか。」

何者かは淡々とした口調で聞く。何度もその光景を見てきたかのように。

「そうだな・・・。」

「その子は?」

「息子だ・・・。」

「そうか。」

冷たい風が吹き、木々を揺らす。

「誰か知らないが、この子を頼めるか?」

自分でもなんでこんなことを言ったのかはわからない、でも頼れるのは目の前にいるこの男しかいなかった。

後退りしているのを見て動揺しているのはわかったが、何者かの返答は意外なものであった。

「・・・わかった。」

「ありがとう。」

気のせいか周りが明るくなった。絶望の淵で見た一筋の希望なのかもしれないな。

何者かは赤ん坊を抱えると、うつむく俺の顔を上げ息子の顔を見せてくれた。

粋なことするじゃないか、それとも情けか?どっちでもいい。

「・・・ありがとう。」

木によれかかり、薄れゆく意識の中、遠ざかるその男の後ろ姿を見て、思わず笑った。

よりによって・・・、でも人間よりかはマシなのかもな・・・。

「頼んだよ、魔王様・・・。」



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