エピローグ

「つ……疲れた……」


 わたしは喪服を脱ぎ捨て、いつもの白衣に袖を通す。待ち構えていたように、やっと修理が終わったウルリケが元気よくまとわりついてくる。


「おかえりなさいまし、ベニーチカ」


 帰りを出迎えるのは、金色の髪に、あかい瞳。如何いかにもな貴族のお嬢様。異世界に召喚されでもしなければ、絶対に接点が無かったであろうタイプの人。今はどういう因果か、わたしと一緒にこうしているわけで。


「それで? どうでしたの、ベニーチカ。は」


 そう言って、彼女は悪戯っぽく微笑む。

 わたし達の戦いが、一応の終わりを迎えたあの日以来、塞ぎ込んでいたようだったけれど。この人は、また少しだけ、こういう笑顔を見せるようになった。今までのことに何かの折り合いがついたのか、自分の中で御祓みそぎが終わったのか。ほんとうに、面倒くさい人だとは思う。


「すごかったですよ……すごかったですけど、わたしは場違い感がすごくて……」

「なら、また礼儀作法の特訓をしないとね。あなたが場違いにならないように」

「あれはもういいです……」


 あの日。王子様を看取って、陰謀の首謀者、ホワイト鳩尾みぞおちにロケットパンチ……悪役令嬢スマッシャーを撃ち込んだ決戦の後。王都にはヴァイスブルク侯の兵がやってきた。

 謀反の汚名を覚悟で兵を挙げたのに、何もかも終わっていたのには流石の侯爵様も拍子抜けしたようだったけれど。王様と王子様を一度に喪い、機能が麻痺した王都を一時的に掌握した後。侯爵様が最初に行ったのは、娘の名誉回復だった。


 禁忌を犯した罪人、いわば悪役として葬られた長女マーリア。

 あの後、表向きは雷霆勇者によってホワイトが捕縛され、エルゼ・アッシェフェルトと王子様達の行った悪事が明るみに出た結果、マーリアは陰謀の犠牲者として盛大にしのばれることとなった。親バカ侯の面目躍如とも言えるだろう。

 ……とはいえ、当の本人は、こうして生きてピンピンしているのだけれど。

いや、生きている、というのは少しだけ違う。断頭台で断ち切られた首の下には、機械の身体。鉄の鎧。鋼の嘆きを以て悪を討つ、いちばん新しい御伽話。


「……それとも、ベニーチカ。貴方が元の世界に戻る方法を探すほうが先かしら?」

「わたしは、いいんですよ。少なくとも……まだ」


 わたしは、その輝きに焦がれてしまった最初の一人なのだから。けれど、わたしには、彼女に尋ねたいことが一つだけある。


「……そういえば、今のお嬢様は、結局誰なんですか?」


 それは、王城ではぐらかされた話の続き。お嬢様の中にある、異界の……というよりは、わたしと同じ世界の記憶の話。そこまではっきりとはしていなくて、物語の中の出来事みたいだと言っていたけれど。異世界の死、そして断頭台での死。二度も死を越えた人の中で、何が起きているのかなんてわたしには想像もできないけれど。なら、今のお嬢様は……まだわたしの知るお嬢様と同じなのだろうか?

 わたしの身勝手な問い掛けに、それでもお嬢様は笑って答える。


わたくし? わたくしは……」


 

  そうして、彼女は答えを口にする。

  マーリア・ヴァイスブルク元侯爵令嬢。

  今は、人呼んで。『アイアン悪役令嬢』。



                                   【完】

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