5-8
「……久方ぶりにお会いできましたわね、マーリア・ヴァイスブルク侯爵令嬢。次にお会いするのは、
「その少女はもう
「ええ。ですから、随分な格好で舞踏会に
「つれないですわね。
「……ふふ。ええ、それはとても。貴女はお客様ではなく、とびきり
そう言ってエルゼは、氷のような表情を微かに
「わぁ、これが本場のお嬢様の舌戦……」
などと、ベニーチカは間の抜けたことを口にしているが。今の
「エルゼ」
「いいえ、私は『シンデレラ』。けれど、貴女と戦うこの時だけは、ただのエルゼで構いませんわ。どうせ、死人のすることですもの。無礼講と参りましょう」
「魔法使いも馬車もないくせに……」
語る彼女に、ベニーチカが呟く。
「ええ。かぼちゃの馬車は要らない。私には、この
そう言って、エルゼは足を持ち上げて見せる。
シンデレラ。別荘に置かれていた、欠けたところだらけの絵本。ベニーチカの反応からして、かなり有名な御伽噺らしい。
(……聞こえますか。シンデレラは氷の剣と、妙な足技を使います。それと……拘束した
シンデレラ……いいえ、エルゼに悟られないよう、悪役令嬢テレパスに必死で
(……ええ、十分に。ありがとう、ベニーチカ)
(あ、それと……相手のモチーフがシンデレラなら……弱点が……)
ベニーチカの言葉を聞き終えるより先に、見えない攻撃が氷を巻き上げ
多分、足技の
見えないだけではない。これは、十分な重さのある攻撃だ。
「続きは後で伺いますわ!」
技を捌くので手一杯。返答の余裕は、最早ない。
それにエルゼの手札は、これだけでは無い筈。彼女自身の血統魔法、そしてベニーチカが持っていたような、絵本の力。何が出てきても不思議はない。一瞬でも目を離せば、負ける。
あの『シンデレラ』の絵本を調べきるだけの
「正直なところ、個人的な楽しみを除けば、貴女のことはもうどうでもいいのですけれど……」
氷の剣と見せ掛けて、正面からの蹴り。鋼の拳が、硝子の靴と火花を散らす。
「どうやら、我が家の
エルゼは、
「何これ……冷却能力?」
ベニーチカは、気付いたようだ。
足技だけではない。
氷の剣と見せ掛けて、氷上を滑るように加速してからの蹴り。剣を巻き取ろうとした鎖が為すすべなく避けられ、スカートの
氷結した地面の上を、彼女はスケートのように自在に滑る。おかげで、肝心の足の動きが読めない。先程までとは段違い、
不可視の足技と見せ掛けて、氷の剣。氷の剣と見せ掛けて、加速しての蹴り。そもそもの攻撃の速さ、手数が違いすぎる。それにフェイントも織り交ぜてくる。
……唯一通じそうだったのは、
「マーリア。貴女も随分と引き出しが多いようだけれど……私も負けてはおりませんの」
その言葉には、偽りはない。血統魔法と、童話怪人としての力の融合。彼女は、「ラプンツェル」と
「血統魔法は家系の血の繋がりに依存した魔法。貴女も存じておりますでしょう?」
「ええ。だから、この力は。血統魔法というのですもの」
だからなのか、大貴族の直系ほど力が強い傾向があるとは聞く。けれど、そもそも彼女の血統魔法は元の出力がおかしい。
磨きが掛かっているどころか、もはや血統魔法の域ではない。一体、どんな仕組みなのかしら。というよりも、これはもう、召喚者の……
「なら……異界の者に血が近いほど、強くなる。これは御存知でして? 私のお母様は、この世界の出身ではございませんの」
その疑問の回答は、本人から
「……そうでしたのね」
そして、
「私の母は、弱い人だった。召喚という理不尽に耐えられなかった。こちらの世界に家族を持ちながら、別の世界の物語を書き続けて。心ではいつも、死ぬまで、失くした故郷に焦がれていたから」
それが、彼女にとっての絆だったから。きっと、たぶん。
けれどやっと、全てが繋がった。ラプンツェル。狩人。幸福の王子。そして……シンデレラ。だから、彼女は異界の御伽噺を知っていたのだ。その存在に、
「絵本の中だけが、あの人の世界で。あの人の真実で。私は、それに憧れた。だから、私は、私は」
別荘で見つかった絵本の欠片。ベニーチカが持っていた
……そういえば、誰も進んで口にしようとはしなかったけれど。彼女の母……アッシェフェルト侯の夫人は出自定かならぬ者である、というのが公然の秘密だった。まさか召喚者を匿っていたなんて思いもしなかったけれど。
ならば、今の
それは……道理で、強い筈だ。
「お嬢様……早く。長くはもたないから……」
弱々しいベニーチカの言葉に頷く。この寒さは、あっという間に人の体力を奪い尽くす。このままでは、彼女も、招かれた貴族たちも長くはもたないだろう。だから
起こっていることは、単純だ。陰謀にはまだ続きがあった。侯爵領で「終わらせる」気が無かったのなら、次にすることは決まっている。自分自身を罠にして、この国の貴族と、他の国の要人を丸ごと葬り去る腹積もりだ。
多分、作戦の全貌はこう。
血統魔法で屋敷の中……いや、周囲一帯を丸ごと冷却して、そのまま凍死で命を奪う。屋敷の外に逃げれば、
「……なんてこと」
「さて、
舞踏会なんて名ばかりの、来た者を決して逃さない処刑場。少なくない数が
しかし外に居た童話怪人は、既にかなりの数を片付けた。彼女の作戦は、もう完璧とは言い難い。後は「シンデレラ」本人を片付ければ破綻する。
けれどこのままでは、
「お茶会の誘いは、謹んでお断りさせて頂きますわ! 悪役令嬢……スカートフレア!」
力任せに、
「お嬢様!」
ベニーチカの叫びが遠ざかっていく。
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