付纏

物書未満

あれから

強大な悪の根源。それは勇者と言われる者により打倒された。世界は平和となった。そういうお話。



――


「ややっ、勇者伝の新刊でござりますぞwwwサインもいただけて僥倖でござるな!」


 素晴らしい! やはり年1の勇者伝新刊は神! 拙者の楽しみでござるなぁ。


「ほうほう……これはこれは……いやはやあの戦いをこう描くとは! 素晴らしき筆力ですなぁ」


 なんと当代の勇者様直々のサイン入りという一品! 拙者は3冊買ったでござるよ。


「しかし、懐かしいでござるなぁ……」


 もう、5年も経つ、か。



――5年前

――決戦の地

「ぐっ……」

 勇者と呼ばれた者は膝をついていた。仲間も全て倒れていた。眼前には悪の根源たる存在。不気味な双眸が勇者を何とも形容のし難く見下ろしていた。


「ふん、勇者……名ばかりか」

「……」

 もはや勇者の意識は切れていた。抜けがらのようなものだ。


「消えろ。弱者め」

 悪の根源は静かに手を振り下ろした。全てを塵も残さず燃やし切る黒い炎が放たれようとする。


――が


「むっ!?」

「それは感心できないね」


 天より走る一条の閃撃に炎は斬り伏せられていた。


「貴様は……まさか」

「悪いけど勇者が寝てるんだ。君は大きいしうるさい。消えてもらうよ」

「舐めるな!!」


 悪の根源は姿を変え、赤き剣士に襲い掛かる。

 悪の根源は無限とも思える複雑なチェスの盤面と等しい攻撃を幾重にも幾重にも繰り出す。

 が、剣士はそれを無限と知るかのように避け、斬り払う。相手の絶対的勝ち筋を潰していくのだ。


――そして


「ぐあぁぁ!!」

「まあ、なかなかだったよ。さよなら」

「ま、待て……!」


 バキリ、という音とともに根源のコアは砕かれた。

 闇は晴れ、光が戻る。


「さて、勇者。これを持っておくんだ。そうすれば君は英雄さ」


 赤き剣士は勇者に根源討伐の証をそっと握らせ、目覚める前にその場を去った。


――紙切れの端の、誰も知らぬ一文である。



――現在

「おお! これは新しい展開では!? 新解釈も素晴らしい出来でござるねぇ! さて次は……おや?」


 なんと、落丁していますな!? いやはや困った困った。これでは先が分からんでござるよ。布教用と保存用は開けたくないでござるし……


「ん? おお! ここに持っていけば取り替えてもらえるんでござるか! いやはやアフターサービスもあるものですな」


 ではでは善は急げということで。



――3日後

「妙でござるな……」


 落丁の取り替えで案内されたのは小綺麗な部屋。待合いにしては少々……?


「失礼します」

「ななっ!? 勇者様ではござらぬか! 一体どういう……」

 

 驚いたでござるよ。しかし勇者様は今、出版にも携わっておられるようで。


「いやぁ、落丁の交換で勇者様にお会いできるとは! オタクとしてこんなに嬉しいことはありませんなぁ……」


「いえいえ。ああそうだ、少し感想を聞きたいんだ。赤い雷光さん」


「赤い雷光? 人違いではござらんか? 拙者は赤い雷光などという剣士では……」

「そうですか……でも変ですね。僕は赤い雷光が剣士だなんて一言も言ってないですよ?」

「えっあ、いや、私は……」

 

 そう言うと同時、勇者の顔が私の真ん前にきた。目にかけていた前髪を手で撫で上げられ、そして覗き込まれ、手を握られた。


「ああ……やっぱりそうだ。あの時僕が見た目の色と一緒だ。覚えているんだ。遠い意識の薄れた視界に写ったこの目を」

「わ、わ……」

「忘れるものか。この手に感じたあの優しさを」

「あわわ……」


「貴女なんでしょう? 僕をいつも助けてくれたのは。最後まで、本当に最後まで……」


 ああ、敵わないか。

 この子に敵うわけないか。

 なら仕方ないな。

 昔から勘のいい子ではあったんだ。

 今までバレなかっただけ凄いよね。


「バレちゃったか。墓場まで持ってくつもりだったんだけどなぁ」

「また、会えてよかった……お姉さん……」

「あはは、私もそろそろ歳なんだけどね」


 一番バレたくない人にオタクのお姉さんってバレちゃったか。

 ま、これも業かなぁ。

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付纏 物書未満 @age890

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