彼/彼女はセカイがわからない

執事

第1話

「お好きな本をお借りください」

 

 今日は図書室に来た。

 いつも通り図書委員は同じ言葉を喋っている。

 クラスの男子が煩かったというのもあるけど、一番は本が読みたい気分になったからだ。

 フンフンと鼻歌を歌いながら本棚を物色していると、緑の背表紙の本が目に入った。

 

「お好きな本をお借りください」

 

 背表紙が緑なんてことは珍しくないし、何より私は緑が嫌いだ。

 けれどもその本から不思議と目を離せなくて、気づいたら手に取っていた。

 大きさは少し大きめ、こういうのをなんていうんだっけと考えたけども思い出せない。

 文庫本が小さい本で、じゃあ大きい本のはなんと表せるんだろう。

 

「お好きな本をお借りください」

 

 うーんうーんと悩んでいると、図書室のドアがギィーって音がして開いた。

 ギィギィ軋む音を聞くとなんだか楽しくなってきて、木でできた本棚を押してみた。

 壁に密着している本棚を手のひらで押すと、思った通りの音が出た。

 なんだか楽しくなってきたのでそのまま押したり戻したりを繰り返していると、開いたドアの方から足音が向かってきて私の隣で停まった。

 

「お好きな本をお借りください」

 

 誰なのかは気になったけど、それよりもギィギィを聴いていたかったので目を向けなかった。

 十分か三分かはわからないし、ひょっとしたらもっと長かったかもしれないし短かったかもしれない。

 なんだか本棚を押すのにも飽きてきて、ギィギィが不快になり始めた頃だ。

 左手に緑の本を持っていた事を思い出した。

 

「お好きな本をお借りください」

 

 そういえば文庫本じゃない本はなんだっけ、その疑問を思い出すと突然隣から声がした。

 

「それはハードカバーの本ね。そのサイズだと四六判かしら」

 

 そうなんだ、これはハードカバーでシロクバンなんだ。

 ハードのカバーでシロクバン、ハードのカバーでシロクバン。

 シロクバンが何かはわからなかったけど、言葉の並びが面白かったので声に出してみたくなった。

 

「お好きな本を──ハードのカバーはシロクバン」

 

 図書委員が別の言葉を発した。

 いつもおんなじ事しか言わないのになんでだろう、疑問に思った私は探偵ごっこをすることにした。

 探偵って何をするんだろう、聞き込みをすれば良いんだろうか。

 鼻歌を歌って気分を盛り上げながら、私は図書委員の方に近づこうとした。

 その時に、隣の女の子の髪が見えた。

 緑の髪だったので赤く染めることにした、でも近くに絵の具もペンキもなかった。

 緑は嫌いなのになんでこの子の髪は緑色なんだろう、そう思いながらその子の頭を本棚に叩きつけた。

 ごんって音が鳴って、女の子が変な声を出していた。

 あんまり聞き取れなかったし、何より私は緑が嫌いなのでもう一回叩きつけた。

 ギィギィはもう嫌だけど、今度の音はガンガンだった。

 

「ハードのカバーはシロクバン」

 

 頭を離すと、女の子は床に寝そべった。

 眠かったのかなって思ったけど、布団の中じゃない場所で眠るなんてダメだとも思った。

 教師とか生徒会の人に言ったらきっと怒られちゃうだろうし、何より私は生徒会長だ。

 こんなダメな生徒は叱る義務がある。

 だけどよく見ると髪は赤に染まってた、緑が赤に変わって嬉しかった私は女の子を許してあげることにした。

 私は別に性格が良いわけじゃないのだ、悪い子なので床で寝てる子を見逃してしまうのだ。

 

「ハードのカバーはシロクバン」

 

 緑の髪が好きな人だって居るだろうし、必ずしもみんな緑が嫌いなんかじゃないことは私だってわかっている。

 でも、私は緑が嫌い。

 性格の悪い私は赤の方が好きなので、緑が赤に変わったら義務を忘れ喜んでしまうんだ。

 

「ハードのカバーはシロクバン」

 

 そういえば図書委員の子に聞き込みをしてなかったなと思い出し、私は受付カウンターまで歩いた。

 なんで急に言う言葉を変えたの?そう聞いたらやっぱり『ハードのカバーはシロクバン』って言葉が返ってきた。

 コミュニケーションってのは二人で成立させる物なのに、なんでこの子は同じ言葉しか喋らないんだろう。

 でも探偵は諦めない、昨日見た少女漫画にもそう書いてあったんだ。

 

「ハードのカバーはシロクバン」

 

 おんなじことしか言わないなら、紙に理由でも書いてもらおうと思ったけど、この子には腕がないってことを忘れていた。

 腕がなければペンは持てない、面倒くさくなった私は緑の本を持って図書室を出た。

 

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