だから夫婦じゃありませんから! 4
(ん……暑い…………)
セレアはぎゅーっと眉を寄せて、それから目を開けてギョッとした。
朝起きたら、何故かベッドの上でジルベールに抱きしめられていたから当然だ。
「ひっ!」
いったい何があったのかとパニックになって、セレアは彼の腕から抜け出そうともがくも、ジルベールの腕の力は緩まない。
(こいつ、寝てるくせになんて力……!)
背中にがっちりと回っている腕はどれだけ暴れても外れなかった。
もがきつかれたセレアは、諦めてジルベールが起きるのを待つことにした。
(というか、なんでわたし、こいつに抱きしめられてるの?)
どうも記憶がつながらない。
夕食に舌鼓を打ったところまでは覚えているのだが、デザートを食べはじめたあたりで記憶が朧気になった。そして、デザートを食べ終えたかどうかというところでぷつりと途絶えている。
(なんで思い出せないのかしら? 昨日はたくさん食べて飲んで……あー……なるほど、酔いつぶれたのかしら)
ワインをこれでもかと飲んだ気がする。
そして酔いつぶれたセレアを、ジルベールがベッドに運んでくれたということだろうか。
バスローブ姿のジルベールからは石鹸の匂いだろうか、さわやかなハーブの香りがした。
好きな香りだったのでスンと鼻を動かしたセレアは、そこでようやく、目の前の彼がバスローブ姿だということに気がついた。
(なんでちゃんと服着てないのよ‼)
バスローブの胸元は少しはだけていて、ちょっと筋肉質な肌が覗いていた。ジルベールからは武人のイメージはないが、それなりに鍛えているのだろうかと余計なことを考えそうになって、セレアはぶんぶんと首を横に振る。
ジルベールが鍛えていようと、逆に脂肪でぽよぽよだろうと、セレアには関係ない。
(早く起きてよ!)
妙に目の前のはだけた胸元を意識してしまって、セレアは恥ずかしくなってベッドの中でジルベールの足を蹴とばした。
ジルベールが小さくうめいたので、もう一度蹴とばしてみる。
すると、抗議するような低い声がして、ジルベールが薄く目を開いた。
「……ああ、おはよう、セレア。……ところで君、俺の足を蹴らなかった?」
「何のことかわからないわ。起きたなら早く離して! 寝ている無抵抗な女性を抱きしめるなんて信じられない!」
寝起きのかすれた声が妙に色っぽくて、セレアはちょっとドキドキしながら両腕で押しのけるようにジルベールの胸を押す。
ジルベールはムッとしたように眉を寄せて、セレアを解放して上体を起こした。
「言っておくが、くっついてきたのは君が最初だからな」
「嘘よ!」
「本当だ。ごろごろと寝返りを打って来たかと思うと、俺に抱き着いたんだ」
「嘘うそ、絶対に嘘!」
「だから本当だって。そのあとしばらくして今度は反対の方にごろごろと転がっていこうとしたから、ベッドから落ちないように抱きしめただけだ。俺は悪くない」
嘘よ――と言いかけて、セレアはその言葉を飲み込んだ。
否定したいところだが、いかにも自分がやらかしそうなことだと気がついたからだ。
恥ずかしくなって悶絶していると、ジルベールがベッドから降りて着替えを持ってバスルームへ向かう。さすがにセレアの目の前で着替えをはじめるつもりはないようで、セレアはちょっとホッとした。
「それだけ元気なら大丈夫そうだな。出発は九時だ。それまでに支度をすませておけよ」
着替えて戻って来たジルベールがそう言ったとき、続き部屋からニナが顔を出した。
昨夜酔いつぶれて寝てしまったセレアは入浴していないので、今から入浴をすませて支度をしようとニナが言う。
宿の人間に頼んでバスルームの準備を整えてもらうと、セレアはニナとともにバスルームへ向かった。
ジルベールの支度は、もう一人のメイドがするようだ。
「ご体調は大丈夫ですか?」
セレアの髪を洗いながらニナが訊ねてくる。
「うん、平気よ」
気分も悪くなければ頭も痛くない。酒の影響は残っていなさそうだ。
「それはよかったです。旦那様も心配していらっしゃったので、あとで教えて差し上げてください」
「……ジル様が心配? 想像できないけど」
「本当ですよ? 昨夜も、お眠りになった奥様をベッドまで運ばれたのは旦那様ですし」
(やっぱりあいつがわたしを運んだんだ……、うわ、どうしよ……重たいとか思われたかな)
恥ずかしくなって、セレアはバスタブの中で膝を抱えた。
「奥様、泡が落ちるから動かないでください」
「あ、ごめん……」
(髪を洗ってもらってるのに、わたしってば何をしてるのかしら……)
動かない動かないと心の中で念じながらじっとしていると、ニナがくすりと笑う。
「奥様には思うところがあるのかもしれませんが、わたくしどもから見れば、旦那様は奥様のことをとても大切になさっていると思います」
「……あいつがわたしを大切に?」
ないないと笑いとばそうとしたが、見上げたニナの顔が冗談を言っているように見えなくて、セレアは続く否定の言葉を飲み込んだ。
(大切、ね……)
ジルベールはセレアの「聖女」の力が欲しいだけで、セレア自身が欲しいわけではない。
けれどもジルベールが、セレアの自由を奪って男爵家に閉じ込めたゴーチェと違うのは、セレアにもわかる。
それが「大切にされている」ということにつながるのかどうかはわからないが、セレアの意思をすべて無視するつもりではないのだろう。
もしジルベールとの出会いが違うものだったなら、セレアも違う視点で彼を見ることができただろうか。
(って、そもそもわたしが聖女じゃなかったら、あいつと会うことなんてなかったんだけどね)
何を馬鹿なことを考えているのだろうかと、セレアは目を閉じて自嘲した。
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