四章

術師



 ひとつの器で白湯さゆを分け合う。


「だいぶん話が逸れちゃったんだけど、アニロンのひとたちは精霊や神さまにお願いして敵を攻撃できるってこと?だから水が飲めなかったの?」

「さすがは公主ゴンジュの侍女どのですね。そのとおり、一部の者はそうした力があります。まあ、僕の場合、僕自身がこの山の見えざるものたちに嫌われているからなのですけれど」

「どうして?」


 ユルスンは自嘲気味に微笑した。「僕は生粋のアニロン人ではなくて。母が外国人なのです。そして術を扱える家系だから、神々には嫌われる」

「じゅつ?」

「魔術とか妖術とか言うのでしょうか。アニロンにおわすものたちの見えざる手を借りなくともある程度そういう特別な力を使える。修行をせずとも。それは本来、冒涜的でくないとされている」

「ふぅん?」


 秘技などなにもないメイファにはよく分からない。ユルスンは相変わらず白い手を挙げた。


「僕からするとただ犠牲の捧げ方が違うだけだと思う。メイファさん、僕と他のアニロン人を比べてどうですか?武器を持っていても僕は兵士には見えませんよね?」

「あ……うん」

「ですよね。実は僕、剣も弓もまともに使えないのです。馬に乗るのもおぼつかない。鍛えても肉は付かないし背もあまり伸びない。それはきっと、そのぶんの力が術に振られているから」


 アニロンの精霊神に頼れない代わりに自分自身を削っているのだろうと言う。


「どんな力を使えるの?」

「つまらないですよ。すごく速く走れたり、風を吹かせたり、人を呪ったりするくらいで。でもすぐに疲れて何もかも面倒になってしまう。使いすぎると危険だと教わりました」

「そっか」

「でももしも追手が来たら僕の術ですぐ逃げられますから、それは安心して」


 ユルスンは控えめに笑う。まなじりにほんの少し怯えを残して。こんなことを言って怖がられなかっただろうか、嫌われないか、と。

 メイファは自分を見ているようで痛ましくなった。


「ユルスン、もう一度手を見せて」

「え?」


 青い血脈ちみゃくが透ける白いてのひら胼胝たこ肉刺まめもない生娘のような。メイファの手よりも格段に冷たいが、それでも体温はある。


「とっても綺麗。ひとを助けられる力を持ってるなら剣も弓も使えなくていいんじゃないかな。馬に乗れないのはちょっと不便だけど」


 呆気にとられたユルスンは握られたそれを引っこ抜くと、やにわに頬を染めた。


「…………メイファ、は、馬に乗れるの?僕が乗ってもちゃんと動いてくれないんだ」

「それは馬にもよるよ」

「……今度、教えてくれる?」

「教えるのヘタだけどがんばる。じゃあなんとか無事に山を下りないと、ね?」


 急に弟が出来たみたいだ。ユルスンは尊敬の眼差しでメイファを見つめ、幼子に戻ったようにこくりと頷いた。




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