消極



「ユルスンくんは、いくつ?」

「どうぞ呼び捨てに。今は十九、正月で二十になります」


 新年の時期もドーレンとはずれているからややこしい。だが、ほぼ同い歳だ。

 ハオインや下男以外と近くで接した経験は無いので緊張したが、頓着せずメイファの手を引いて歩きだしたユルスンのほうは女の扱いに慣れてそうだった。



 ぬかるみだらけの道に悪戦苦闘しながらひたすら歩き、そのうちに沢は狭まり土中に入ってしまった。立ちはだかる岩壁を迂回していると小さな洞窟に行きあった。


「ちょうどいい屋根付きの家です。ひとまずここで休みましょう」

「うん」


 ユルスンは石で小さなかまどをつくり、なにかをぶつぶつと呟きながら火をおこした。袋から粉を取り出して種火に撒く。


「それは?」

「お気になさらず。ただの日課です」


 やっと暖を得てこわばった頬がふやける。ほぅ、と息をつき、沈黙が満ちる。


「…………」


 メイファは立てた膝に口を埋めた。こうして見知らぬ異人と二人きり、何を話せばいいのか分からない。


 思えば、メイファはずっと豪商ファン家のひとり娘として商人や職人と関わってきたから、いつも相手から声をかけられることが当然で話題はもっぱら商品のことばかりで困らなかった。だから人見知りでもなんとかやれてきたのだ。

 実を言うとメイファは母がそうだったのと同じく独りでぼんやりとするほうが好きなタチだ。

 でも今はそうもしていられない。


「その、ありがとうユルスン。あなたがいなかったらこごえてた」

「いいえ、僕は何もしていません」

「えっと……おなか、空いたね。お菓子なら少しあるけど」

「ご心配なく」


 ユルスンも安堵したのか会話に集中していないようで上の空だ。前髪がかかり気味のひとみがめらめらと燃える炎を映す。硝子玉みたいに。


「日が落ちる前に食べ物をとってきます」


 すっくと立ち上がった。


「ひとりで平気?」

「ええ。水はまだある?」

「継ぎ足したからじゅうぶん」


 沢が細まる前に補充した。ユルスンはその時は何も言わなかった。


「あなたも飲める?」

「はい。ああ、あれは水のせいではなかったのです。僕が……」


 続きは言わず、行ってきます、とくるりときびすを返した。


 ユルスンは感情が読みづらいが、どこか高貴さがあって丁寧で、メイファがおずおずと声をかけられる余裕を持っていた。その余裕がありがたい。

 他人との交流に常に緊張を伴う自分はともすればその壁を乗り越えること自体を面倒くさいと感じて放棄してしまうから…………。



『お嬢はすぐ面倒くさがります。場を丸く収めようとなさるのは良いことですが、それで毎回こちらが折れていてはいつか限界が来ますよ』

『だって』

『ナメられた、対等に接してくれない、不誠実だと責められるのは嫌でしょう?傷つきたくないのも傷つけたくないのも分かります。けれどときには向き合わなければ、いつまでも乗り越える力がつきません』

『面倒くさい……』

『お嬢。商売も人間関係も面倒くさいことばかりですよ。俺には考えなしにものを言うくせに』

『だってハオインはわたしのこと分かってるし。べつにわたしがどういうひとかなんて、他人にどう思われてもいいもの』

『本当に?でも嫌われたくはないはずです』

『それは、そう』

『傲慢ですよお嬢。人と良好な関係を築きたいのならそれなりに努力が必要です。無理なら、そこらへんの犬と遊んでいなさい』




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