出立
久しぶりに会ったメイファが珍しく飛びついてきてハオインは驚いた。
「お嬢さん……いえ、
人目がある。侍女たちの白い眼差しも気にできないのかメイファは今にも泣きそうに唇を噛み締めている。
「ひょっとして、出ないうちにもう里心がついちゃいました?」
「……ハオイン、わたし、どうしよう。どうしたらいいの」
再会を喜ぶ余裕もなくいつになく思い詰めた様子だ。
「お嬢さん?誰かに
メイファは震える呼吸を鎮め、ハオインの硬い腕をぎゅっと握った。
「あなたにだけは知っておいてほしい。わたしひとりでは……」
できるだけ冷静に、皇帝との最後の会話を明かした。ハオインは徐々に硬い表情になった。
「何を頂いたのです?」
「たぶん、……毒」
押し殺して囁く。「ねえ、どうしたらいい?まさかこんなことになるなんて思ってなかった」
「このことを知っているのは俺だけですか?」
「うん」
「でも
「逆らったら殺されちゃうのはわたしってこと⁉」
「お嬢の死を口実に攻勢に出れますしね」
「無理無理、どっちにしたって無理だよぉ」
へにゃへにゃと半ベソをかくメイファをなだめ、ハオインはしばし黙考する。
「まあでも、その特命によるとアニロン王を亡き者にするのはどのみちお嬢が王位継承者をご出産なさった後のことです。今から悩んでいても仕方ないですよ」
「そ……そっか。じゃあ、しばらくは大丈夫?でもわたし、そんなことできないよ」
「あちらの王を何も知らない現状、事態がどう転ぶかは分かりません」
「アニロン王はおじいさんだよ!母さまの鏡で見たの。とにかくこの件が洩れたらわたしが先に殺されちゃう。どうしよう」
「老王……?そんな噂は聞きませんが」
「綺麗な白髪だったし間違いないよ。鏡が合ってるならね」
「うさんくさい鏡ですね。夢でも見たのでは?それか、妖術でもかかっているのでしょう。何にせよまずはアニロンへ無事に着くことを第一に。暗殺計画のことは一旦忘れましょう」
「ぜったい無理だし、しばらく経てば皇上も考え直すかな?ああ、もう。すごく面倒くさくなってきた。家に帰りたいよ、ハオイン」
「ご心配なく。俺がついていますから」
確かにメイファは王族には違いない。が、本当は公主なんて務まる器ではないのだ。のんびりと穏やかな、凪のような日々が好きな普通の庶民として育った。今さら血なまぐさい政治の道具にされるなんて許しがたい。
しかも嫁ぎ先は未知の異国。なんとか撤回してもらえないのかと幾度となく伺いを立てたがすげなく断られた。
可哀想なメイファは人見知りで不器用で立ち回りも下手だろうから辛い思いをたくさんするだろう、せめてお前が危険から守ってやるのだと主人から言われたし、言われなくとも命を懸ける。
あの皇帝、厄介事を押しつけやがって、とハオインは胸中で毒づく。奴は他人の人生を指先ひとつで簡単に変える。碁石を動かすみたいに。
あんな奴に右往左往させられるなんてやってられるかと吐き出したい衝動を抑え、ぐずるメイファの背をひたすら撫でた。
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