第14話 泪のパラノイア

 




 修道院には、様々な人が訪れる。


 巡礼者は勿論、商人や職人、平民、中には農奴もいる。

 寄付や贈呈品などを持って庇護を求める者。奉公として修道院に来る者。医療や知識を求める者。


 そういう人々を修道院は支え、また支えられているのだ。



  ***



 夕暮れが近づいてきた。


 修道士たちと畑を耕し、そろそろ終わろうかと片付け始めていたところ、正門からベルの鳴る音が聞こえた。ベルは来訪者を知らせるものだ。


 他の修道士が慌てて、正門に駆けて行く。


 それから、少しして正門が解錠され、ある荷馬車が敷地内に入ってきた。二頭の馬を台座に乗っている男性が器用に操り、荷馬車を修道院の端に停める。そして、手綱を下ろし、後ろの荷台に声を掛け台座から降りた。その声に促され、荷台から一人の女性が降りてきた。修道士は、二人を案内し修道院の中に入って行った。


 俺は修道院の方を齧りつくように見つめる。そんな俺の様子が可笑しかったのか、横でフランチェスコは笑って「ありゃ、行商人でしょうや。興味があるなら、仕事終わりに会いに行ったらどうですか? いろんな場所を旅してますからね。きっと外の世界を教えてくれるはずですぜ」と教えてくれた。



 フランチェスコが言うように俺は仕事が終わると、直ぐ様先程の行商人に会いに行くことにした。彼らがこの世界を自身の足で歩き、様々な場所で沢山の経験をしているなら、少しでもいいのでその話を聞いてみたかった。 


 修道士たちに聞くと、行商人の二人は父娘だそうで父親の方は今修道司祭と話しているらしい。娘さんの方は、取り敢えず談話室に通したとのこと。俺は急いで談話室に足を運んだ。


 談話室には、10代中頃の少女が1人腰かけていた。明るい茶髪に、碧色の瞳。美人というより、素朴で可愛らしい雰囲気の少女だった。少女は俺が談話室に入ってきたことに気付き、目を見開く。


「あー、すいません。何か、驚かしちゃったみたいで」


「いいえ、その、驚いたのは貴方がとても綺麗な黒髪だったので……」


 少女は控えめにそう言った。そして、こちらを伺うような視線を向けた。完全に警戒されてしまっている。俺は笑顔を意識して、無害さをアピール。


「はじめまして、俺はこの修道院に居候させてもらっているアンドリューって言います。えっと、君は……」


「行商人ジャンの娘、カタリナと申します」


「カタリナさん……って呼んでいいかな?」


 少女、カタリナは戸惑いながら頷く。俺はありがとうと礼を言って、ゆっくり彼女に近づく。カタリナはびくりと肩を震わせた。


「あの、大丈夫。俺、君をとって食おうなんてしない。怖がらないで」


 俺はその様子に、申し訳なさを感じて苦笑した。

 たしかに、修道士ではない見知らぬ異国の男が、いきなり入ってきたら女性として危機感を感じるのは当然で。それに今談話室にはカタリナと俺しかいない。それも拍車をかけているのだろう。


「申し訳ありません。あの、私にどのようなご用でしょうか?」


「ああ、もし良ければなんだけど、俺にこの国のことを教えて欲しくて。事情があって俺、この修道院をほとんど出たことがないんだ。君、色んなところに行くんだろう? 都市とか村とか、他にも沢山!」


 そう言う俺のことをじっと見つめて、カタリナはクスリと笑った。


「ふふっ、ええ私で良ければ」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


 俺はウキウキとしながら、彼女の隣に腰かけた。それを見て、カタリナは更に笑った。




 ***




「……それで、村の祭りでは、豊穣を願って藁で大きな人形を作り、最後は燃やすのよ。その周りで、村の人たちは音楽を奏で歌って踊るの」


「へー、何だか楽しそうだな。俺も見てみたい」


 俺はしきりに相槌を打って、カタリナの話を聞く。彼女の語りは、とても楽しげで聞いている俺も何だか楽しくなってくる。



「きっとアンドリューさんも気に入ると思うわ。夜通し飲んで食べて踊ってのどんちゃん騒ぎ。息継ぎする暇もないのよ」


「おもしろそう。混ざってみたいなぁ」


「あら、アンドリューさんは踊れるのかしら?」


「よさこい踊り程度なら、なんとか」


「よさ、こい? 聞いたことない躍りね」


「あっ、そっか。よさこいなんて分からないよな」


「アンドリューさん、踊ってみせて」


「嫌だ。恥ずかしい」


「ふふっ、照れちゃって可愛い」


 あれから俺はカタリナと時間を忘れて話をし合っていた。元々活発な性格なのだろう彼女は俺と直ぐに打ち解け、今では砕けた口調で話してくれるようになった。


「うふふっ、アンドリューさんって、何だか他の男の人と違うのね。全然威張ってないし、怖くないもの」


「まぁ、俺威張るほど偉くないし、無意味に怖がらせる趣味もないからな。それと、俺のことはアンディでいいよ」


「そう言うところ、本当に素敵だと思うわ。アンディさん、じゃあ私のことケイティと呼んでね」


 ケイティはそういって、朗らかに微笑んだ。俺は照れ臭くなって、誤魔化すように頭を掻く。


「あ、ああ、ありがとう。なぁ、ケイティはいつまでここにいてくれるんだ? まだまだ話したいことが一杯あるんだけど」


「……分からないわ。お父さん次第だもの。私はお父さんの言う通りにするだけだわ」


「そっか……。でも、もししばらくここにいるんだったら、またこうやって話してもらえるか?」


「ええ、勿論喜んで。また、お話ししましょう」


 俺は嬉しくなって、彼女の手を握りしめ上下に振った。ケイティは、戸惑いながらも頬を赤らめ微笑んだ。




 ケイティに別れを告げ、俺は談話室の扉を閉める。


 部屋に戻るかと振り返った。すると、すぐ近くにローブを着てフードを深くかぶったアマルが立っていることに気が付く。気配が全くなかった。そこにいるのに、存在感が全くと言って良いほどない。俺は内心ビビりつつも、アマルに声をかける。


「お、おおう、アマルかびっくりした。いるなら声かけてくれよ」


 アマルは、俺の言葉に答えず佇んでいた。俺は不審に思いアマルに手を伸ばす。


 バシンッ、とその手を払われ思わず息を呑む。


「……アマル? 一体、どうしたんだ?」


 アマルは俺の問いかけにも反応を見せず、踵を返して走り去っていった。本当にどうしたんだろう。様子がおかしい。


 俺はアマルの走り去った廊下を見つめ、ため息をついた。

 

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