ユーベルントくんに告白して玉砕失恋したい
有智子
第1話
「ずっとお慕いしていました」
確かカノン様付きの侍女と思しき貴族女性(身の回りの世話をする側仕えにおいて女性の割合が多いというのは、王族男性としては珍しい例かもしれない)に、仕事終わりに声をかけられて着いていった先の東屋でそう言われ、ユーベルントはやられた、と思った。
王宮内ではその手の話は持ち込まれないだろうと高を括っていて、完全に油断していた。ほとんどやりとりのなかった実家から見合い話に関する手紙がまあまあの頻度で届くようになり、騎士団総長の伯父がいるせいで最近は騎士団内でもどこそこの公爵令嬢が結婚相手を探していてああだこうだとわざわざ聞こえるように話をされ、非常に居心地が悪かった。ここのところ騎士団の面子が集まる場所を避けて、退勤するやいなや下町の行きつけのゲイバーに繰り出していたのはそういう理由だった。
空前のモテ期である。
そりゃそうだな、と自分でも思う。あのひどいクーデターの後、残されたカノン様と王宮を出奔し、竜の女王と共に王弟殿下を討ち、史上最年少で王の剣となった。歴史に残る大偉業と言っていい。自分としては、自分のやるべきことをしたまでのことだと思うが、手のひらを返したように変わった周りの反応に、最初のうちは戸惑うばかりだった。誰もが何かしらの恩恵に与ろうと、数年来の親友みたいな顔をして話しかけてくる。自分でさえこれほど鬱陶しいのだから、いわんや主人をや。
これまで王宮の端でひっそりとつつましく生きていた花のようなあの人に、甘言で以って近づこうとする貴族が後を絶たないのを知っていて、その心中を察するに余りあった。
またこの手の話かあ、と言わんばかりのうんざりした顔をしていたことに気づいた相手の女性が、美しい礼をとって詫びた。
「すみません。このようなことを申し上げて」
「ああ、ええ、あの……」
この人の名前、なんだったかな、と思いながら彼女の顔を見た。きれいに化粧した白い顔に、すこし下がった形の眉が、主人のそれに似てるなと思って思考が中断する。
「アンナ・ノリアンです。一応、男爵位があります」
「レディ・ノリアン。失礼……」
「あの、実は、婚約が決まっておりまして」
先ほど愛の告白をされたところだったと思ったが、もしかして愛人の誘いだったのだろうかと訝った。
「すみません。家同士の政略結婚で、今期勤めたら王宮を辞して領地に戻るんです。その前に、お伝えだけしたかったんです」
「え」
「陛下にお仕えしている時のイヴラエ卿の屈託ない笑顔に一目惚れしていました。いつも明るい空気にしてくださって、感謝しています。陛下の側仕えの下級貴族たちにも分け隔てなく接しておられる姿が、お優しい方なのだろうと憧れだったのです。領地に戻る前に気持ちだけでもと……今、身辺が大変なことは存じていたのですが、機会がなかったので……あと、時間を置いたら、自重してやめてしまう気がして。お時間とってしまってすみません」
胸の前で握りしめた彼女の手が震えているのを見て、ユーベルントは先ほどのひどい思いつきを反省した。
「ありがとうございます。そう言っていただけて……」
仕事ぶりを褒められるのはどこかこそばゆいような気持ちだった。そういえば、クーデターの時も、王子宮で働いていた人々だけは我々の潔白を主張してくれていたと聞いている。殿下は、イヴラエ卿は、国家転覆を謀るような人ではないと、ひっそりと、だが根強く。
ユーベルントもまた騎士の正式な礼を取った。
「レディのお気持ちに応えることができず大変申し訳なく思います。でも、嬉しかったです。ご結婚おめでとうございます。素晴らしい人生の門出になりますよう」
「ありがとうございます。こちらこそ。イヴラエ卿に祝福していただけるなんて、幸せ者ですね」
彼女はそう言ってようやく緊張が解けたように笑い、少し頬を染めた。まだ自分より若いかもしれない。また顔を合わせるかもしれないが、これできっぱり諦めきれたので、できれば気まずい思いはしないでほしいと言うのに了承して別れた。
「それで……」
「それだけなのですが……」
レディ・ノリアンには悪いが当然主人に翌日報告したところ、美しい眉を寄せて少し考えこむのを見て、やっぱりカノン様の眉は彼女とはちょっと違うな、と思った。一番きれいだと思う。
「いや、彼女……瞼が腫れてたと思ったけど……きみも罪な男だね……かっこよくて」
「え!そうなんですか?俺と話した時はスッキリされてましたけどね……マリッジブルーかも」
「貴族女性に結婚は避けて通れないからね。わたしとしては、結婚後も仕事を続けてくれると嬉しかったんだけど……」
本当はそろそろ側仕えも男性に入れ替えないとね、外聞が悪いし……と続けた。
「そうですよね……若干妬けてしまうので俺もそのままでいいと思うんですが」
「あれ、私情を挟んでいいの?」
「いえまさか……反対はいたしませんので……」
主人が微笑むのを見て、あなたの一番側にいるのは自分だけがいい、と思ったのを、口の端まで上らせてやっと口に出すのは我慢した。
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