第2話 ジイジとの出会い

 仔猫たちが生まれて、三ヶ月がたった。

 門の「仔猫あげます」の張り紙を見て、八十半ばの男が訪れ、「この仔がいい」と、メスのシャム猫を引き取っていった。

 老人の家は、昭和時代の庭付きの平屋だった。


「ワシは孫たちにジイジと呼ばれておる。お前もジイジと呼ぶがいい」

 仔猫は「ニィニィ」と鳴いた。

「おお、ワシの言葉が解るのか。賢いのぅ。

実はバアバが亡くなって百ヶ日が経ち、この前、納骨を済ませたところじゃ。

バアバは二人暮らしの寂しさに、猫を飼いたいと言っておったが、飼う段になって猫アレルギーだったことが判明し、たいそう残念がっておった」

 仔猫は母猫の温もりを求めるように、ジイジのアグラの上に這い上がり、ジイジの話を聞き入るように見上げた。


「バアバが若い頃、『女の子が生まれたら、名前はわたしが付けるわ。子供の頃見たアニメのサリーをもじって紗理にしようと思うの』と言っておった。

残念ながら我が家は、男ばかり三人が生まれ、『紗理』という名を付ける機会は来なかった。

そこでお前はワシとバアバの娘で『サリー』というのはどうじゃ?」

「ニャニァ ミャウ」

「おお、気に入ってくれたか」

 サリーはジイジに一杯いっぱい、おしゃべりをした。

 ジイジに猫語は分からなかったが、「アタシはジイジとバアバの娘でサリー。今日から私は人間の子になったのね」と言っていた。

「うんうん、よく喋る子じゃのぅ。これなら天国から我が家を見守るバアバも、喜んでおるじゃろ」といって、ジイジは膝の上のサリーを撫でた。

 ママンとパパンのナメナメのように心地よく、サリーは膝の上で眠った。

 数日後、サリーは首輪をもらった。首輪には『サリー』と、名札がついていた。


 仔猫には右も左もわからない。人間の都合で母猫から引き裂かれても、運命に逆らうことができず、なされるがままに、その運命を受け入れるしかない。

 それでも物心つく時期に、心優しいジイジと触れ合い、サリーは何か大切なものを、心に宿すことができた。


 サリーは高いところが好きだった。

 椅子の上、テーブルの上、タンスの上。

 体が大きくなったら、「あのエアコンのテッペンに、飛び乗ってやる!」と、エベレストを目指す登山家のように、野心を燃やしていた。


 ジイジの膝の上も好きだったが、「うんしょっ、うんしょっ」と肩まで登り、頭のテッペンを目指した。

「おいおい、ワシの髪の毛は心もとないんだから、むしり取らんとってくれよ」と言いつつも、ジイジはニット帽を買って来てかぶり、登り易い足場を作ってくれた。

 ニット帽の上は、仔猫のサリーがしがみ付くには、ちょうど良いスペースで、ジイジはサリーを頭に載せたまま、庭の中を散歩してくれた。

 低い視線から見る風景とは別世界で、サリーには新鮮な風景だった。

「ニィニァ ニャニァ ミャウ」

 サリーは散歩をしている間中、「アッ蝶々だ」「この木、なんだか甘~い匂いがするの」「何かが葉っぱの裏に隠れた」と、延々と話しかけていた。

「ううん、そうかそうか」ジイジはずっと相槌を打ち続けた。


 ジイジは毎日仏壇に線香を立てて、バアバの遺影に話かけた。

 仏壇の上だけは、登ると叱られるので、サリーもジイジの横に座って「ニュー ニュー ミウミウ」と、自分なりに話しかけるのが日課になった。


 この家に来て、ウニョウニョ動くパパンの尻尾に、戯れることができなくなったが、ジイジが猫じゃらしで遊んでくれた。

「ジイジ撫で撫でしてぇ」とすり寄ると、撫で撫でしてくれた。

 庭の高い木から降りられなくなったときも、「ニィニィ ニィニィ」と呼ぶと、すぐにジイジが駆けつけ、助けてくれた。

 猫専用ドアを付けてくれたので、ジイジが留守のときも自由に出入りして、庭でバッタやトカゲを捕まえて、遊ぶことができた。

 冬になって、白いものが降ってくると、「寒いじゃろ」と言って、発泡スチロールで寝床を作ってくれた。

 ジイジはサリーが喜ぶことを、一杯いっぱいしてくれた。

 ママンとパパンの時のように、兄弟で取り合うこともなく、ジイジはサリーだけのものだ。

 サリーは頭をゴネゴネして、ジイジに自分の匂いを、一杯いっぱい擦り付けた。

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