第74話 トップアイドルの登場

「芹さん。さっきまで他の出演者の方と挨拶してたはずじゃ……もういいんですか?」


「はい。全てではないですが、八割がた終わりました」




 にっこりと微笑んで答える芹さん。


 だが、なぜだろう。目が笑っていない気がする。


 それを指摘する間もなく、芹さんはコハルさんとアズキさんの前に躍り出た。




「初めまして。AISURU・プロダクション所属のナズナと言います」


「は、初めまして。SUTEKI・プロダクションのコハルです」


「同じくアズキです」




 俺を蚊帳の外にして、3人は互いに握手をする。


 年も近いし、仲良くなれそうだな。


 そんなことを思っていたのだが――




「ところで、暁斗さんと何を話していたんですか?」




 単刀直入に、芹さんがそう切り込んだ。




「え? えっと……今話題の人だから、少しお話したいなと思っていたんですが」


「そうですか。確かに、ワイバーンを一撃で仕留めた件で、知名度が急上昇してますもんね」


「は、はい。ですから、ちょっと興奮してしまったもので」




 コハルさんの答えに、芹さんは首肯するように頷く。


 だが、なぜか怖い雰囲気はまとったままだ。


 それを感じ取っているのか、コハルさんとアズキさんも、若干冷や汗をかいている。




「状況は理解しましたが、本当に申し訳ありません。これから、暁斗さんと大事な話があるので、また後ほどということでもよろしいですか?」


「わかりました。たぶん事務所関連のこと、ですよね? お邪魔しちゃ悪いので、私達はこれで失礼します。行こ、アズキ」


「う、うん。失礼します」




 コハルさんとアズキさんはぺこりと頭を下げて、どこか逃げるようにその場を後にした。




 俺は、まだちょっと怖いオーラを放つ芹さんの方を見る。


 鮮やかな紅玉色の彼女の瞳は、去って行くコハルさん達の背中を見送っていた。




「……遠巻きに見てましたが、楽しそうでしたね」


「え」




 不意に、こちらを見ることもなく、芹さんが呟く。


 


「何を話してたんですか?」


「そんな大した話はしてませんよ。いきなりどこの事務所に所属してるのか問い詰められて、答えていただけです。よくわからないけど、アイドルと勘違いされたみたいで。その後、アズキさんが俺の正体に気付いて、そこからちょっと盛り上がっただけです」


「へぇ……アイドルに間違われたんですか。まあ、暁斗さんならそういうこともあるでしょうね」




 芹さんは、心なしかトーンの下がった口調で言う。


 なんなんだ。さっきからちょっと、塩対応というか、怖いんですけども。




「あの……怒ってます?」


「別に。怒ってませんけど?」




 そう言いつつ、芹さんは頬を膨らませる。


 


「いや怒ってるじゃないですか。俺、なんか悪いことしましたか?」


「だから怒ってないですって」




 ちょっと怒気を孕んだ声で反論した芹さんは、ぷいっとそっぽを向いてしまった。




 やっぱ怒ってんじゃないか。


 状況としては、俺がナンパされてると勘違いして、芹さんが嫉妬した……みたいに見えるけど、これはただの俺の願望。




 そんなこと、あるはずがない。


 もし嫉妬してくれているのだとしたら……いや、考えるのは辞めておこう。


 恥ずかしすぎて、顔から火が出そうになるから。




 そんな妄想に浸っていたときだった。




「あの、すいません」




 またまた後ろから声をかけられる。


 


「なんでしょうか」




 あからさまに不機嫌そうに振り返った芹さんだったが、次の瞬間、その目が驚愕に見開かれた。


 釣られて俺もその方を見て、思わず息を飲んだ。




 そこに立っていたのは、控えめなシャンパンゴールドのカクテルドレスに身を包んだ、俺達と同い年に見える少女だった。




 細身ながら出るところはしっかり出た、女性らしい身体のラインを、ドレスの薄い布が強調している。


薄桃色の髪はハーフアップにまとめられ、琥珀色の大きな瞳が理知的に輝いている。




一見儚げな印象すら与えそうなのに、その姿は妙に雄々しく、ただ者ではないことを否応なく感じさせた。




「AISURU・プロダクションのナズナさんですよね。少し、お話したいのですが、よろしいでしょうか」


「構いませんけど。あなたは、もしかして……」


「申し遅れました。私は、SAKURA・プロダクション所属の花ヶ咲モモと言います。よろしくお願いします」




 どこか鋭い眼光を放ちながら、今もっとも熱いアイドル……花ヶ咲モモさんは、まるで貴族の令嬢のように、ドレスの裾をつまんで挨拶をしたのだった。

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