第60話 我が家の突撃っ子

「はーい、少し待ってください」




 そう言いつつ玄関まで行った俺は、鍵を開け扉を開く。


 そして――予想していなかった人物の来訪に目を丸くした。




 鮮やかな銀白髪を風に流している、ラフな格好の少女が立っていた。


 夏の空に映える真っ青な瞳が、俺を見上げている。




「おっすお兄ちゃん。することなかったから、来ちゃった」




 その少女――俺の妹である篠村綾は、白い歯を見せて笑った。




 なるほど、綾か。


 インターホン連打するなんてどこの不届き者かと思ったが、まあよく考えればこの子しかいないよな。


 ていうか――




「え? いきなり? なんの連絡も貰ってないけど……」




 俺は驚いて、綾に問う。


 普通、遅くとも前日までに「明日行くから~」と連絡が入るのだが、今日は何も聞いていない。




「うん。実は今日、街で一日友達と遊ぶ予定だったんだけど、急に来られなくなっちゃったみたいで。それで土日なのにすることないから、どうせならお兄ちゃんのとこに来ようかなって」


「お前なー……」




 俺は、照れ隠しでため息をついた。


 綾が懐いてくれるのは嬉しいが、彼女ももう中二だ。


 流石に自分の妹に欲情するようなことはないが、綾が家に来ると平気で俺のベッドに潜り込んで添い寝したりしてくるわけで――いやまあ、それを断らない俺も、問題だとは思うが。




 この子の羞恥心はどうなっているんだと、たまに疑いたくなる。


 お互い反抗期だったりそりが合わなくて喧嘩したりしていてもおかしくないのに、こうもベッタリなのはどうなんだろうか。




「というわけで、よろしく頼むね! お兄ちゃん」




 満面の笑みで宣言する綾。


 俺は再度ため息をついた。




「それにさ。どうせお兄ちゃんまた、偏った食事してるんでしょ? そんなお兄ちゃんのために家事の完璧な万能主婦の綾様が直々にご飯をつくっ……て……」




 そのとき、綾の言葉が勢いを失った。


 彼女の視線は、俺の背後に向けられている。




「どうした……あ」




 その様子に訝しんだ俺は、後ろを振り返って、思わず間の抜けた声をあげてしまった。


 


 そこには、半開きになったリビングの扉から顔を出す芹さんがいた。


 なかなか玄関から戻ってこない俺を心配に思ったのだろう。


 この状況をどう認識したのか知らないが、余計なことをしたと思ったらしい芹さんは、慌てて扉を閉めて引っ込んでしまった。




「……えっと……ごめん。私、お邪魔だったよね! 今から帰るねお兄ちゃん! 二人でごゆっくり~! またね――」


「ちょい待ちちょい待ち!」




 焦ったように帰ろうとする綾の腕を掴んで引き留める。




「綾、なんか誤解してない?」


「え? してないよ。お兄ちゃんの彼女さんでしょ――」


「ていっ!」




 反射的に綾の頭に軽くチョップを入れた。




「いった……何するの、お兄ちゃん」


「やっぱ誤解してるんじゃないか!」


「いやだって、誰が見てもそうなるでしょ。平日の昼っから、何の魅力も無いお兄ちゃんの部屋に上がり込む女の子がいるわけないじゃん、普通!」


「その言い方だと俺が魅力のないヤツに聞こえるからやめい!」


「あ、そか。お兄ちゃんの、魅力のない部屋に上がりこむ女の子なんて、彼女としか考えられないって言ってるの!」




 完全にテンパっている綾。


 俺は誤解を解くために彼女を家に招き入れ、芹さんに会わせることにした。




――。




「え、えと……初めまして。篠村暁斗の妹の、篠村綾と言います。中学二年生です。よろしくお願いします」




 いつものテーブルに、芹さんと向かい合う形で座った綾が、たどたどしく自己紹介した。


 ちなみに俺は綾の隣に座っている。




「初めまして。芹なずなです。暁斗さんの同級生で、一応アイドルとダン・チューバーをやっています」


「……え」




 綾は、芹さんの顔をまじまじと見つめる。


 それから、一瞬にして目を見開いた。




「あ、あの今話題の!? うそ、初めて見た!? なんでそんな人がお兄ちゃんの家に……って、あぁ、そか。お兄ちゃんもいろいろ関わってバズってるんだった」




 綾は自分で言った質問に納得したように、ぽんと手を叩く。




「まあ、そういうこと。芹さんが今日来たのも、仕事関係の打ち合わせだよ。だから芹さんが彼女とか、失礼なこと言うんじゃありません」


「か、彼女……ですか」




 その言葉に反応した芹さんが、目を見開く。




「た、確かに昼間から男の人の家にお邪魔していたら……そう見えます、よね」




 芹さんは、何やら顔を伏せる。


 と、そのとき。


 綾はふと何かに気付いた用に呟いた。




「あれ。芹なずなさん……? 瀬良なずなさんじゃなくて?」


「どうした、急に」


「いやぁ、お兄ちゃんがスマホの電話番号を最初に交換した女の子って、瀬良さんって言ってたよね。状況的に、目の前にいるこの方がそうなんじゃないかって思ったんだけど……もしかして別人?」


「当たり前だろ、何言ってんだ」


「え、えぇええええええええええ!?」




 何故か綾は、素っ頓狂な声を上げるのだった。


 その様子に、俺は首を傾げるしかなく――




「お兄ちゃんの女ったらし!!」


「なっ!?」


「えっ!?」




 次の瞬間綾から放たれた言葉に、俺は絶句し、芹さんは顔を真っ赤にしたまま目を見開いた。

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