第59話 イベントへの誘い

 SIS……サマー・アイドル・ステージ。


 どっかで聞いた気が……あ、思い出した。


 二週間前、スマホを契約するために実家に戻ったとき、テレビでやってたっけ。


 内容は確か――




「毎年ハナビー・アリーナで行われる、アイドルを集めたコンサート……みたいなやつでしたっけ」


「はい、そうです」




 芹さんは頷いた。




「そういえば、芹さんも出場するんでしたね。テレビで大々的に告知されているのを見ました」


「あ、ありがとうございます。実はSISって、売れているアイドルしか出られないんです。何年にもわたって多くの方に愛されている「上り坂47」や、昨年のアイドル総選挙グランプリに輝いた花ヶ咲はながさきモモさんみたいな……本来であれば、私のような若輩は出られないんですが……」




 そこまで言って、芹さんは不意に立ち上がる。


 そして、いきなり俺の前で頭を下げてきた。




「暁斗さん、このたびは本当にありがとうございました!」


「え? あれ? 俺なんかしました?」




 いきなり感謝を告げられ、こちらとしては驚くほかない。




「暁斗さんのお陰です。三週間前……私のアイドル活動存続が認められたじゃないですか? その翌々日の月曜日に、SIS実行委員会からAISURU・プロダクション宛に私への出場依頼が届いたんです」


「へぇ……随分と急ですね」


「はい、詳しくお話を聞いたところ、実行委員会のお偉いさんがダン・チューバーとしての私のファンであったらしく……この間の騒動で良い意味でも悪い意味でも有名になって、私が現役アイドルであることを知ったみたいで。それでお声がかかったんです」


「なるほど……つまり俺のせいってことか」




 騒動を引き起こしたのは芹さんだが、それを大きくしたのはSランク冒険者である俺だ。


 もし俺じゃない人物が助けていたら、ここまで日本中を駆け巡る大ニュースにはならなかっただろう。




 事実、芹さんはダン・チューバーとしての活動の謹慎期間であるが、彼女の知名度は上がり続けている。新たな動画を投稿していないのに、過去の動画が伸びまくっている次第だ。


 当然、俺に関する議論も掲示板で日夜囁かれているらしい。




「物は言い様ですが……本当に、ここまで来られたのは暁斗さんのお陰です。ありがとうございます」




 芹さんは真剣な表情で再度お礼を言った。


 


「いいんですよ。最初こそいろいろありましたけど、これはこれで楽しいですし」




 俺は迷い無く答える。


 正直、この生活の変わりようには慣れつつある。以前よりも数倍気疲れするようになったが、それは楽しくないという意味じゃない。




 過去を認め、その上で前に踏み出したから見えた景色だ。


 随分と長い間足踏みをしていた。遅れた分の人生の時間を、駆け足で取り戻しているだけだ。




「そう言っていただけると、助かります」




 芹さんははにかむと、着席した。




「それで。話を戻したいんですが、俺はSISで裏方の作業を手伝えばいいんですよね」


「はい。実はこちらのスタッフが怪我で急遽出られなくなってしまって……代わりの人を探しているんです。花島社長から「暁斗ちゃん連れてきてよ~」と言われまして」


「あの社長……」




 俺は思わず苦笑する。


 めちゃくちゃ緩いな。協力すると言った手前、断る気は無いけど。




「もちろん、都合が合わないようであれば別の方を探します。協力してくださる場合でも、事務所から相応の報奨金を出させていただく予定です」


「なるほど。臨時バイトってわけですか」


「そうなりますね」




 俺は腕を組み、少しの間思案する。


 実のところ、俺はバイトの経験というものがない。だから上手くやれるか心配な部分はあるのだ。


 けれど、裏方であれば万が一にもステージに立つことはないと思うし、いろいろ経験も積めるだろう。




 何より、こんなビッグイベントに参加できるチャンスなんて、この先二度と来ないかもしれない。




「わかりました。喜んで引き受けさせていただきます」


「ありがとうございます! それでは、詳細はこちらの資料にまとめてありますので――」




 そう言って、芹さんが事務所から渡されたらしい紙の束を差し出してきた、その時だった。




 ピンポーン。


 玄関のインターホンが鳴った。




「――今日、他に誰かがいらっしゃるご予定があったのですか?」


「いえ。特にありません。宅配かなんかでしょう。たぶんそのまま帰って――」




 ピンポーン。




「……」


「……」




 ピピピピピンポーン。




 連打すな。


 


「帰りませんね」


「はい。……ちょっと出てきます」




 俺はそう答え、インターホンを連打する不届き者を出迎えるために、玄関へ向かった。


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