第33話 一件落着……?
――そう宣言したあと、この場をほんの少しだけ沈黙が満たす。
社長さんは、何か見透かすような視線を向けたまま。マネージャーの丸山さんも、無言で俺の方をじっと見つつ、メガネをくいっと押し上げる。
芹さんは――どういう反応をしているのか、死角になっているからわからない。
が、ふと我に返ったように「お、お願いします!」と言った。
「……ふ~ん、なるほどねぇ」
社長さんは、意味ありげに言うと、顔を上げるように促してきた。
「あなたの言い分、理解したわ。彼女にはすでに、ファンがついている。だから、それは今後彼女にとって大きなアドバンテージとなるってことね?」
「はい。その通りです」
俺は力強く頷いた。
不確定な未来への展望ではなく、今彼女が有している才能を示す。
彼女が大切な人のために努力を惜しまない人であり、その結果多くの人が彼女を視てくれているという現実こそ、彼女がトップアイドルを目指すに相応しい能力を持っていると示す、大きな理由となるのだ。
「確かに、これならば彼女を雇い続けることのメリットの方が、斬り捨てるメリットよりも大きそうね。私としたことが、高校生に言い負かされるなんて、思いもしなかったわ」
花島社長は、先程よりも幾分か気の緩んだ表情で自嘲気味に言った。
冗談抜かせ、と俺は思う。
俺の言い分は、半分屁理屈だ。
「人気があるのはダンジョン配信者としての彼女だけで、アイドルとしてはそこまで売れていない。だから、俺の言い分はこちらの事務所には関係ない」と突っぱねられてしまえば、こちらとしては打つ手が無かった。
だから、“芹なずな”という一人の人間が築き上げてきた成果に、社長さんが応えてくれるかどうかという、一種の賭けであったのだ。
「まったく、喰えない少年もいたものだわ。……なずなちゃん?」
花島社長は、芹さんの方に視線を向ける。
当の本人は、「はい!」と返事して背筋を伸ばした。
「AISURU・プロダクション現社長、花島るみの名を以て、芹なずなの本事務所在留を言い渡します」
「っ!」
「言質をとってくれて構わないわ。ただし、今後は細心の注意を払って行動すること。期待を裏切ったら、許さないわよ?」
「ありがとうございます! 精一杯頑張ります!」
芹さんは、パッと表情を明るくして、テーブルに額を打ち付けそうな勢いで頭を下げる。
そんな芹さんと花島社長のやり取りを横目に見つつ、俺は心底安堵していた。
一時はどうなるかと思ったが、何とかなったようだ。
高校生の懇願ごときで、大人の社会に首を突っ込めると思っているほど、俺も脳天気ではない。
俺は、ほっと胸をなでおろし――
不意打ちのように、社長さんがとんでもないことを宣った。
「いや~それにしても、なずなちゃんも隅に置けないじゃなぁい? こんないい彼氏を作っちゃって」
ブーッ!
コーヒーとか飲んでたら、絶対そんな感じで吹き出していた。
「なっ!? か、かれ、彼氏……!?」
芹さんは芹さんで、俺以上にきょどりまくっている。
「あら~、違うの? てっきり、男の子を連れてくるものだから、そうなんだと思ってたけど」
「ち、違いますよ! 絶対に違います! からかわないでください!」
芹さんは、バンッと勢いよくテーブルに手を突いて、社長さんの方へ身を乗り出す。
めちゃくちゃ必至だ。
そんなに真正面から否定されると、彼女いない歴=年齢の俺からすれば、かなりショックを受けるのだが……
「あらそう? そのわりには、暁斗ちゃんが「彼女の夢を、どうか繋いでやってくださいっ(キリッ)」って言ってたとき、満更でもない顔してたじゃない? 耳まで真っ赤になっちゃって――」
「わぁあああ~~! あああああ~~~~ッ!」
何か言っている社長さんの声を掻き消すように、芹さんは大声を上げた。
その様子を見て、花島社長は「面白いおもちゃを見つけたわ」的なゲスい表情をしているし、丸山さんも何やら微笑ましく芹さんを見ている。
「ごめんね~。ちょっとからかいすぎたわ」
「もう、ホントですよ社長!」
芹さんは余程ご立腹らしく、耳の先まで真っ赤にして文句を言っていた。
そんな彼女に対し、花島社長は反省しているのかわからないニヤケ顔で、「悪かったわねぇ」と応じるのだった。
「でもね、なずなちゃん」
ふと、人を食ったような態度を示していた社長さんの表情が、引き締まる。
その空気を感じ取った芹さんは、文句を言うのをやめて腰を落ち着けた。
「半分はからかいたくて彼氏なのかって聞いたけど、もう半分は真面目なのよ。赤の他人で、ここまであなたの夢を信じてくれる人なんて、長い人生でもそう現れないわ。だから、この先暁斗ちゃんとの関係がどうなろうとも、大切にしなさい。ちょっぴり、あなたより長く生きたお姉さんからのアドバイスよ」
「そ、それは……わかってます」
芹さんは、ちらりと俺の方を向いて、しどろもどろに答えた。
俺としても、そんな真面目な顔で褒められると恥ずかしい。
ていうか、俺のいる前でそういうことは言わないでくれ。
「まあ、ウチの事務所は基本恋愛自由だから、遠慮無くアタックしちゃいなさいな!」
「ちょ、社長! だから暁斗さんとの関係は、そんなんじゃ――!」
「わかってるわ。これから、そうなるんだもんね!」
「違います! 話を聞いてくださいっ!」
ちょっとカッコいいアドバイスをしたと思ったら、またすぐにからかい始める社長さん。
“しっかりしている変な人“というのが、花島るみという女性に対する俺の固定認識になったのだった。
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