第32話 彼等の主張、未来への賭け
別に、この事務所に拘る必要はないのかもしれない。
だが、結局のところ今まで築き上げてきた地盤がそのまま使えるこの事務所の方が、彼女としてもやりやすいのではないか?
もちろん、ダメならば別の事務所に掛け合ってみればいい。
だが、その前に……やれることは全てやっておくべきだ。
だって、俺には勝算があるのだから。
「さっき撮った動画、芹さんのSNSアカウントで投稿してますよね?」
「はい。時間が無くて、反応はまだ見てないですが」
「そのページ、開いて貰ってもいいですか?」
「わ、わかりました」
促されるまま、芹さんはスマホのロックを解除して操作する。
花島社長は、どういうつもり? と言いたげに俺達の方を見ていた。
「これでいいですか?」
芹さんが差し出してきたスマホの画面を見る。
そこには、【需要】昨日の事件について とのタイトルで、先程芹さんと撮った動画が載せられていた。
確か、ツイットーと言ったか?
俺自身は使ったことないが、楽人がいろいろ呟いているのを覗き見たことがある。
『今日の古典の授業マジつまらんかったわw』とかいう「お前のつぶやきの方がつまらんわ」と言ってやりたくなるような投稿をしていたっけ。
それはともかく。
「少し借りますね」
俺は芹さんに断りを入れて、彼女の手からスマホをとった。
それから、投稿をゆっくりとスクロールしていく。
そうすると、その動画に反応した人のコメントが見られるのだ。
コメント数は……表示だけ見ると256件。
多くの人が、反応を示してくれているみたいだった。
問題は、そんな彼等の反応である。
スクロールしながら感想を見ていた俺は、思わず「ふっ……」と笑みを浮かべた。
それは、嬉しかったからでもあるが、どちらかというと“賭け”に勝ったからという安堵の方が大きい。
俺は、社長さんに向き直るとスマホを差し出し、彼女の手前に置いた。
「これは?」
「今朝、芹さんと撮った会見映像です。これまでの事件の詳細や、今後の対応について語っています」
「この動画を見て、私にどうしろと?」
「いえ。動画を見る必要はありません」
そう答えると、花島社長は訝しげに眉根をよせた。
「では、暁斗ちゃんは何を見せたいわけですか?」
「その動画をスクロールしてみてください」
促されるまま、社長さんはスマホの画面をスクロールする。
しばらく、弱まりかけた雨音と、彼女の爪が画面を突く音だけが響いた。
「! ……これは」
しばらくの後、社長さんの見せる顔が明らかに変わる。
「俺が言いたいこと、おわかりいただけましたか?」
「ええ……」
社長さんは、目を丸くして頷いた。
それから、成り行きを見守っていた芹さんの方を向いた。
「あなた……私の知らないうちに、随分とまあ素敵になったものじゃない?」
「え?」
呆けたような呟きを上げる芹さんに、花島社長はスマホを返す。
何が書かれているのか気になったのだろう。
芹さんは、弾かれたようにスマホの画面を見つめる。
そして、驚いたように目を見開いて、口元を手で押さえた。
そこに一体、何が書かれていたのか?
答えは簡単である。
《大変だけど、頑張って!》
《一ヶ月、顔が見られないのは辛いけど、また元気な姿を見せてくれ!》
《応援してる! 今はゆっくり休んで!》
《アイドル活動もあるんですよね? いろいろ大変だと思いますが、どうかお大事に》
《次の配信、楽しみにしてるよ!!》
ダン・チューバー、ナズナに対して送られた、労いと応援の数々。
なんてことはない。
彼女は、誰がなんと言おうと、登録者20万人越のダンジョン界の超有名アイドルなのだ。
もちろん、何もかもいいコメントというわけではない。
管理能力の低さなどを指摘する声も上がっており、一概にプラスとは言いがたいのが現状だ。
だが、言い換えればそれは未来への投資。
だって、ここに集った人々は、アイドル“芹なずな”のファン達なのだから。
彼女を応援するかどうか以前に、彼女に注目している存在である。
彼女のこれからに、期待している者達が大勢いる。
その事実が、この場で最も重要だった。
「俺達がいくら「これから頑張る」と主張しても、そこに根拠はないです。決意なんてわざわざ口にしなくても、芹さんは頑張る人だって知ってます。だから、俺達の主張ではなく、芹なずなという一人の人間が持つ魅力を見出してくれた、
芹さんの主張ではなく、芹さんを見てくれる人の主張。
アイドルは、見てくれる人がいて成り立つ仕事。
だからこそ、これから彼女の魅力に気付いてくれるのを待つのではなく、今彼女を見てくれている人がこんなにもたくさんいるのだと、主張するのだ。
「彼女には、これほどまでに支えてくれる人がいる。いずれ必ず、誰にも負けないトップアイドルに成長します。だから――」
俺は立ち上がり、花島社長へ深々と頭を下げた。
そして――今一番言いたい台詞が、口を突いて出たのだ。
自分でも驚くくらい、誠心誠意心を込めて。
「――彼女の夢を、どうか繋いでやってくださいっ!」
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